小さな足を穿つのは、ごつごつとした岩の感触だ。一歩、二歩と進める度に、荒く削られたその感触は足の裏へと伝わってくる。
そんなささくれ立つ岩の合間に広がるのは、赤の色。
彼女達は言葉を発さず。
彼女達の他に、動くものは何もない。
赤の色は、十五センチの小さな彼女達のものではない。
彼女達の一人が肩に担いだ獣の脚も、既に流すべき赤い色などとうに失っている。
さらに言えば、彼女達はそうして流すべき赤をそもそも宿してはいなかった。
同じなのだ、彼女達は。
彼女達の一人が肩に担いだ、金属の筒と。
彼女達は言葉を発さず。
彼女達の他に、動くものは何もない。
足裏に絡み、粘付く赤い泥濘に不快感を現わすでもなく。彼女達が辿り着き、そっと手を伸ばすのは、その先にある鋼の棺。
小さな彼女達は、断ち切られた獣の脚を、金属の筒を担いだまま、音も無く棺の上に飛び乗って。
生み出されてから数千年を数えるであろうはずのその表面が放つ新品同様の輝きを、さして感慨もなさげに一瞥すると……互いに、顔を見合わせる。
操作盤に輝くのは、動力が正常に供給されている灯火だ。
彼女達は言葉を発さず。
彼女達の他に、動くものは何もない。
彼女達の一人は、担いでいた金属の筒を放り棄て。その代わりとでも言うように、操作盤に足蹴を一つ。
やがて。
ゆっくりと響き出すのは、重々しい唸り声。
一度は動作を止められた鋼の棺が、再び活力を与えられ、動き出した音である。
再起動を始めた鋼の棺は、大きく息を吐くように圧搾空気をその周囲から吐き出すと。
内で生み出されたものを外界へと解き放たんと、巨大な蓋を音も無く開いていく。
彼女達は言葉を発さず。
彼女達の他に、動くものは棺の蓋だけだ。
やがて。
満たされた培養液の中から身を起こしたそいつの咆哮が、洞窟の内に響き渡る。
ボクらは世界を救わない
第4話 『霧の彼方の』本当の
1.真夜中の散歩者
『月の大樹』の夜は遅い。
酒場は夜遅くまで開いているし、その業務を終えた後でも、宿屋としての仕事は残っているからだ。
とはいえそこまで遅い時間になれば、客のほとんどは眠っている。明かりの大半も落とされ、見回る者も数時間おきに一度、あるかないかの割合だ。
「なんやて!?」
そんな宿の廊下に響くのは、男の声。
「しっ。声がでかい!」
どうやら一人ではないらしい。相方らしき男の影が、最初に大声を上げた男の口を力一杯押さえつける。
「むぐぐー!」
二人はしばらくもごもごともみ合っていたが……やがて、男が落ち着いたのを見届けて、相方は男の口からゆっくりと手を放してみせた。
「……今度はホンマやろな、チャラチャラ。ミスティの家に、なんかごっついヒャッホイ出来るモンがある言うんは」
それが具体的に何かは分からない。
けれどヒャッホイ出来るというなら、それは確かに凄い『何か』なのだろう。
「ホントだって。ちゃんと聞いてきたんだから、間違いない!」
そう。
それは確かに、ミスティの家にあるのだ。
そしてヒャッホイ出来る物である事にも、間違いはなかった。
「つか、今度って俺がネイヴァンに嘘付いた事なんかあったか?」
「…………よう言うわ。チャラチャラのクセに」
自信満々な相方の言葉に、ネイヴァンは胡散臭げな表情を隠さない。普通ならさして疑う事なくヒャッホイに向かって突っ走る彼も、さすがに何度目ともなれば疑いもする。
「そんな細かい事気にすんなって。そんなの気にしてるようじゃ、ネイヴァン・アスラーム・ジュニアの名が泣くぜ!」
だが、バンと力強く叩かれた背中の一撃に、青年は小さく頷き……その勢いに任せて、元気よく立ち上がった。
「……せやな! なら、思う存分ヒャッホイさせてもらおか!」
大股で宿の廊下を歩き出すネイヴァンを見届けて……。
一人残った青年は、ニヤリと小さな笑みを浮かべてみせるのだった。
続劇
|