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23.拒絶 崩壊 届き得ぬ声

 目の前にふらりと立つのは、小太りの男。
 整えられた髪に、剃られた髭。美しく彩られた衣装は、宮廷では確かに映えるだろう。
 けれどそれ故に、昏く輝く瞳は、その異様さを一層際立たせる。
「な、何だお前はっ!」
 ノアに塩田の説明をしていた技師は、最期までその問いをする事は出来なかった。横殴りの一撃を受け、館の壁に勢いよく叩き付けられる。
「………ッ! ノ………ア……………ッ!」
 漏らすのは、言葉とも、叫びともつかぬ声。
 地獄の底からの呼び声にも似た異音を漏らしながら、男が構えるのは一本の槍だ。塩田騎士団の兵士から奪い取った物らしい。
「………」
 その異様を正面から見据える姫は、その場から一歩も動く事はない。動けば来ると理解しているのか、それとも怯えて動けぬのか。
 そして彼女の傍らに立つ天候魔術師の少年も、杖を片手に動けずにいる。
 やがて。
 均衡を崩したのは、小太りの男の方だった。
 大きな動きで槍を振り上げ……。
「ノ………アアアアアアアア………ッ!」
 響く叫びと同時、肩口にいずこかから飛んできた矢が突き刺さるが、一瞬力を溜めるように動きを止めただけでそれ以上動じる様子もない。


「ちっ! 一発じゃ無理か!」
 連射をすれば軌道は乱れる。故に、必殺の一撃に賭けたのだが……やはり僅かに動きを止めるのが精一杯で、相手を倒すまでには至らない。
「……間に……合わない……ッ!」
 振り上げられた槍を目前に、アギも小さく唇を噛む。
 昨日の晩から彼の体力も少しは回復したとは言え……全快にはほど遠い。力を連続して使うには、あまりに体力が足りなさすぎるのだ。
 ふらつく足で崩れたバランスを無理矢理に立て直し、空っぽの気力で強引に次の一歩を踏み出していく。
「仕方ないわね!」
 律の稼いだ一瞬のおかげで、距離は先ほどよりも詰まっている。背負っていた仕込みボウガンを構え、ターニャは引き金に指を掛けた。
(当てられるか……今の、わたしに!)
 ボウガンは威力がある分、どうしても弾道にふらつきが出る。技量と予測である程度は何とかなるが、乱戦で撃ち込むには本来向かない武器だ。
 しかも狙いが僅かでも外れれば、当たるのはノア姫である。
「くっ!」
 駆けるセリカも手の裏には刃を忍ばせているが、いまだ届く間合ではない。
 視線の彼方。
 突き込まれた槍の一撃は、一片の躊躇もなくノアの細身へと吸い込まれていく。


 響いたのは、金属同士のぶつかる鋭い音。
「…………ッ!?」
 幽霊の手に伝わってきたのは、肉を貫く感触ではない。突き込まれた鋼と受け止めた鋼のぶつかる、金属質な擦音だ。
「……やっぱり、習っといて良かったわね」
 槍を受け止め、軌道を滑らせたのは、ノアの構えた……否、アルジェントの構えた短剣だ。
 槍は柄が長いぶんリーチも広いが、その代償として懐に飛び込まれた時の取り回しは極端に悪くなる。無論、槍の軌道を逸らし、その内側に間合を詰めたアルジェントを貫く事が出来るはずもない。
「やらせねえって!」
 そんな幽霊の頬を打ち据えるのは、タイキの撃ち込んだ長杖の打撃である。明らかに槍の突き込み方で放たれたそれは……ダイチの槍技だ。
 吹き飛ばされた幽霊は、二転、三転してその場に倒れ込み……。
「……え?」
 ゆっくりと立ち上がるそいつを正面から見据え、ダイチは言葉を失っていた。
「何で、お師匠が……?」
「ウ………アァアァァァァァ……ッ!」
 そんな幽霊に撃ち込まれるのは、遠距離からのボウガンの連打と放物線を描く火球の雨だ。さすがにそれら痛打となり得たのか、幽霊は身をたわめると、その場から一気に離脱する。
「姫様! ご無事ですか!」
「ええ…………タイキ、平気?」
 ようやく駆けつけてきたシャーロットやセリカにそう答えておいて、ノアのフリをしたアルジェントが声を掛けたのは、傍らで呆然としたままの天候魔術師の兄である。
「……大丈夫、です」
 何とかそう答えはするが、口調は明らかに大丈夫ではない。
(何で……? あれって、お師匠だったよな……)
 先日遠目に見た時は気付かなかった。
 いきなり現われた時は、それどころではなかった。
 けれど、身なりを整え、間合の内で見た今は分かる。
 まとう衣装は違っていたが……髭を剃られたその顔は、明らかに彼の知る男の物だった。
 だが。
 彼に叩き付けられた視線に宿る意思は……。


続劇

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