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エピローグ
 3.賞金首のヤツを追え!


 遺跡からの帰還から数日が過ぎた。
「これでもダメですね!」
 雨避けのテントの下、古代兵の操縦席に向かって声を投げかけるのはヒューゴである。
「機体そのものはちゃんと直ってるんだけどな」
 遺跡で回収した部品で、ハード面での修理は終わっていた。幾つか足りないパーツはあるから完調ではないにせよ、最低限必要な修復は出来ているはずだ。
 ソフト面も、既にカイルの手で確認は終わっている。操縦者は相変わらず『J.AYAKI』のままだが、それでも最低限の動作は可能なはずだった。
「やっぱり動力ですか?」
「だろうなぁ。貴晶石でも、ちょっとしか動かなかったからな」
 手伝いに来たジョージの言う通り、結局はそこだろう。
 施療院の院長が取り寄せた貴晶石を動力に試した事もあるが、それでも僅かに身をよじらせるのが精一杯。ゴーレムや暴走したリントを倒した時のような駆動は、望むべくもない。
「貴晶石なんて滅多に手に入りませんし、魔晶石を山ほど乗っけるしかないですかね」
「ですね。五十、いや百もあれば……」
 一般に手に入る貴晶石一つで、魔晶石の五倍から十倍ほどのエネルギー量があると言われている。それを百も連ねれば……貴晶石十個分ほどのエネルギーは確保出来るはずだ。
「その魔晶石はどこから調達して来るんだよ」
 いくら貴晶石より手に入りやすいとはいえ、それだけの魔晶石を手に入れるのは至難の業だ。山狩りでもしなければ、足りもしないだろう。
 さらに言えば、貴晶石十個分のエネルギーをかき集めた所で、果たして古代兵がどれだけ動けるのかも怪しいのだ。
「すいませーん。メンテナンスをお願いしたいんですがー」
 古代兵の足元で延々言い合いをしていると、控えめに掛けられたのは小さな声だった。
「おや、イーディスさん。お久しぶりです」
「院長なら留守だぞ」
「あれ、そうなんですか。作業用のアームの調子を見てもらおうと思ったんですが……」
 そう言ったルードの少女が背負っているのは、ディスのそれにも似た腕状のパーツである。ただ大柄で無骨な外観は、パワーとスピードの双方を重視した戦闘用ではなく、パワーに特化した作業用である事を連想させる物だ。
「そういえば、イーディスさんの仕事って……」
 顔を見て、気付く。
「魔晶石農場も、ようやく準備が整ってきましたよ! ロックワームも育ってますから、もう少しで魔晶石がたくさん……」
「それだ!」
 その数日後、『月の大樹』には新たな依頼が貼り出される事になる。


 雨の降り続く街。酒場の扉を開いたのは、一人の少年だった。
「あら、タイキさん。いらっしゃい」
「あの……兄は?」
 控えめにカウンターへと声を掛けるが、そこにいた水色の髪のルードは小さく肩をすくめるだけだ。
「相変わらず部屋にこもっておる。しばらくは放っておくしかあるまいな」
 師匠らしき相手に、本気の殺意を向けられたのが相当にショックだったのだろう。たまに降りては来るが、返事をするかしないか程度で、いつもの元気はどこにもない。
「それよりお主、草原の国の天候魔術師なのであろ? この雨は何とかならんのか」
 既に降り始めて数日が経つ。ガディアにも長雨がないわけではないが、ここまでの長雨はディスにも覚えがない。
「用のない時は、むやみやたらに天気を変えないのが僕達の決まりなんですよ。それに……」
「それに?」
「……いえ、何でもありません」
 実のところ、既に儀式は試したのだ。
 しかし、雨が止む手応えは感じられないままだった。よほど天自身の雨を降らせる力が強いのか……あるいは、タイキよりも強い術士の影響を受けているのか。
 海の国ならともかく、木立の国に高名な天候魔術師がいるという話は聞いた事がないのだが……。
「そうだ。えっとですね。ここって、懸賞金も掛けられますか?」
 耳慣れぬ言葉に忍は僅かに店主代理の方を見て。頷く彼女の様子に、可能な旨を答えてみせる。
「じゃが、懸賞金とはまた穏やかではないのう。ノア姫を襲った凶漢に掛ける事になったのか?」
 凶漢……マッドハッターの追跡は、塩田騎士団に任されたと聞いていた。アリスと共に姿を消したマッドハッターが見つかるとも思えず、事実騎士団の調査は難航しているようだったが……。
 モモの問いに、タイキは首を振ってみせる。
「放浪竜という竜をご存じですか?」
「放浪竜……?」
「草原の国では、暗殺竜の事をそう呼ぶのじゃよ」
 聞き慣れぬ名にターニャは首を傾げるが、ディスの言葉に納得がいったらしく小さく頷いてみせる。
「……そうです。我が草原の国では建国王と共に戦った神聖な竜とされていますので、そんな呼び方はしていません」
 龍族はもちろん、強大な力を持つ竜種が畏敬の対象となっている事はそう珍しい事ではない。国家でそこまでの扱いになっているのは少々珍しいが、それとて他に例がないわけではなかった。
「で、その放浪竜を無断で狩った冒険者というのを探していまして」
「どこかの村を襲った神聖な竜を勝手に倒したとか、そういう話か?」
 どこか呆れたような口調で呟くディスに、タイキも苦笑いをしてみせる。
「まあ、そんな感じです。我が国にとっては神聖な竜ですので、その時も王か、王から信任を受けた貴族の率いる騎士団が討伐しなければならなかったのですが……」
 神聖な竜とはいえ、所詮は竜だ。こちらの都合で神々しくしてくれるはずなどないし、腹具合が悪ければ人だって襲う。
 それが暗殺竜とも呼ばれて恐れられる竜なら、なおさらだ。
「それを冒険者に狩られて面目丸つぶれって事か。大変だな、貴族様というのも」
 もちろん腕に覚えのある冒険者が村の窮状を見れば、放って置くことなどしないだろう。
「僕が生まれる前の話ですし、個人的には、報奨金をあげる位でも構わないと思っているんですが……当事者の祖父が……」
 こうして国の外に出る度に、出た先で懸賞金を掛けて来いと事あるごとに言ってくるのだ。
「……大変だな、貴族様ってのも」
 恐らくはその祖父というのが、信任を受けた貴族自身か、それに深い縁のある者だったのだろう。でなければ、既に二十年近くも経つ昔の話をいちいち引っ張ってきたりはしないはずだ。
「その冒険者の特徴ってのは?」
「古代人とルード、二人組の冒険者です」
「二人……? たった二人で暗殺竜なんて倒せるもんなのか?」
 遺跡調査に向かったカイル達は暗殺竜一匹に痛手を受け、夜を徹して遺跡を離れたほどなのだ。確かに準備を整えていなかったための撤退ではあるにせよ、仮に準備を万端に整えた所で、たった二人で竜が狩れるなどとはとても思えない。
「不可能ではないと……聞いています」
 呆れた声のマハエに、アギは小さく呟いてみせる。
 もっともアギの知る二人での竜狩りは、少々常人の規格からは逸脱した力を振るう者達の行いではあったが。
「それに平野の国では、放浪竜を単身で撃破した冒険者には特別な称号が与えられるとも聞いています」
「……もうそれ人間じゃねえだろ」
 二人でも信じがたいのに、単身で討伐するなど……もう人間の仕業とは思えない。恐らくは強力な魔族か、特に龍族あたりが全力で戦っただけではないのか。
 だが。
「この街にも一人いるじゃないですか。ほら、『夢見る明日』の女マスターさんが称号のナイフを持ってますし」
「……はぁぁ?」
 何の気なしに紡いだタイキの言葉に、マハエは自分の耳がおかしくなったのかと本気で思った。
「わたしの話はどうでも良いから、その賞金首の話をしてよ」
「いやお前の話もしろよ。初耳だぞ」
 ターニャが昔、各地で鳴らした冒険者だったという話は、古い付き合いのマハエも聞いている。変わった形のボウガンと件のナイフも、その頃からの相棒なのだと。
 けれど、それが竜種を単身で撃破した証など……。
「で、それ以外の情報は? 古代人とルードの二人組って情報だけじゃ、さすがに掲示は出せないわよ」
「ええっと……古代人の通り名は、ハンプティ・ダンプティ。竜を倒す技を持った、小太りの男だったと聞いています」
 口にした通り名に反応する者達はいない。
 恐らくは今回の懸賞金も、掛けるだけに終わるだろう。
「それから、ルードの名前はアスディウス。目の覚めるような金髪の、凶悪なルードだったと聞いています」
 やはり、口にした名に反応する者はいない。
「…………」
 凶悪なルード当人を前にして、驚きすぎて何も言えなかった者が半分。
「…………」
 そして、言ったら絶対に魔晶石にされると思った者が半分だったのだが……。
 もちろんそんな裏事情を、タイキが気付くはずもない。
「で、懸賞金の額は?」
 しかし。
「…………百万ゼタ」
 タイキが平然と口にしたその額には、酒場中がどよめきの声を上げるのだった。


続劇

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