ノア編
5.シャーロット
机の上に広げられているのは、現像を終えた写真の山だ。
「うーん。これも今ひとつだなぁ……」
『夢見る明日』のカウンターでその仕上がりを確かめているのは、律である。
昼前の仕込みがひと段落したタイミングで、まだ客はいない。午後からの交代待ちの時間を利用して、朝イチでミスティの所で現像してきた写真をチェックしていたのだが……。
「これが写真というものか? 大したものではないか」
傍らから延びてきた小さな手が、より分けられた一枚をひょいと取り上げる。
写っているのは、酒杯を口にした自身の姿だ。こうしてじっくり写真を見るのは初めてだが、なかなか面白い技術だと思う。
「スゴかねえよ。これもピントが甘いし、これなんか構図が今ひとつだし……。気になったのがあったら、持って行っていいぜ」
素人のモモには良い物に見えても、律には色々と拘りがあるらしい。そうかと小さく呟いて、自身の写った一枚と、皆の写った何枚かをいただいておく事にする。
「ダイチ。姫様の写真もあるぞ? どうじゃ?」
「え、ああ……っ? ふぇぇ……なんだこれ」
ノア姫の写った写真を渡され、モモに連れられて遊びに来ていたダイチは、写っている女性に思わず声を上げてしまう。
「写真じゃよ、写真。この間、ミスティ達が説明しておったろうが」
あの時ダイチがいたかどうかは覚えていないが、その後、何度か話題になった時には面白がって見ていたはずだ。さすがにそれを忘れるとは思えないが……。
「こっちの仕込みも終わった。……これが、私の撮った写真?」
「うむ。おぬしも見るか? セリカ」
やはり店の奥から戻ってきたセリカに、確かめ終わった写真を渡してやった。思った以上に鮮明に撮れている画像を、セリカも珍しそうに眺めている。
「うぅ、決まんねえ。とりあえず全部渡して、気に入ったのだけ選んでもらうか……」
「忍は今日は水着コンテストじゃったか」
見終わった写真の束をモモに渡すと、律は店頭へと向かい、準備中の看板を開店へとひっくり返す。
「ああ。海のお客さんがちょっとでも戻って来りゃいいってな」
姫様見物の客がいる間に、とにかく大きなイベントをしておきたいのだという。そのイベントが宣伝になれば、きっと海水浴の客も戻ってくるはずだと。
そんな話をしていると、すぐに最初の客が入ってきた。
「シャーロット。どうしたの?」
カウンターに着いたのは、ノア姫に仕える侍従長だ。
「昼ご飯くらい食べに来るわよ。何か適当にお願い」
適当な注文にセリカは小さく頷いて、食事の支度を開始する。
カウンターで静かにセリカの様子を眺めている女性を、律はちらりと確かめた。
(……やっぱり、秋姫とは違うな)
顔の作りは、彼の知る女性にそっくりと言っても良いだろう。けれど意志の強そうな表情や細かな仕草は、明らかに彼女とは異なるものだ。
「何か私の顔に付いています?」
「すいません。知り合いによく似てるもんで……。失礼ですが、ご姉妹は?」
以前この店に来た時は、聞けなかった質問だ。もっとも、彼女にも年の近い妹がいるなどとは聞いた事がなかったが。
「申し訳ありませんが、私一人です」
やがてセリカがカウンターに出してきたのは、店自慢のサンドイッチではなく、小さな丼に入った料理だった。
「……何、これ」
彼女も見た事のない料理だ。魚介をベースにしているようだが、海の国辺りの郷土料理だろうか。
「試作品。私の、おごり。……オススメ」
「それ、おっちゃんの郷里の料理なんだよ」
律の言葉に胡散臭げな視線を向けるが、セリカがオススメというならそうなのだろう。その言葉を信じ、スプーンを手に取って口に運ぶ。
「へぇ……。初めて食べる料理だけど、悪くないわね」
海の国の料理が特に好きというわけではないが、これはどこか懐かしい感覚がある。早々に丼を空にして、シャーロットはふぅとひと息。
「そうだ。ご飯もだけど、セリカに話があって来たの」
「……セリカ、おめえまさか、昨日の……」
ぽつりと漏らした律の言葉に、姫君の侍従は眉を寄せる。
「昨日の件をご存じなんですか?」
さらに言えば、カウンターの脇にいる少女とタイキの兄も、食事の振りをしながらシャーロットの様子を伺っている。明らかに、昨日の事を知っているようだった。
「大丈夫。この人達は、味方。……怪しく見えるかもしれないけど」
「昨日の件は上手く誤魔化したから平気だけど……あまり触れ回らないでね。今日はその事じゃなくて……」
この場で言うべきか、言わざるべきか。
侍従長は僅かに言い淀み、やがて静かに口を開いた。
「……貴女さえ良ければ、また一緒に働かない? 姫様の警護役になって、私を助けて欲しいの」
続劇
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