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エクストラミッション

 『月の大樹』の屋根の上。
 朝のひと仕事を終え、穏やかな昼を待つガディアの街を眺めながら、十五センチの小さな姿は静かにその名を口にした。
「千年のアリス……。実在するのか?」
 何しろ有名な存在である。フィーヱも、名前くらいは聞いた事があった。
 だが、知っている事と、存在を信じている事は、全くの別問題だ。
「少なくとも琥珀は、そいつを追ってた」
 ルードの言葉は誤魔化せても、記憶までは誤魔化せない。長が彼女についての記憶を見たというなら、それは間違いなく真実なのだろう。
 そして千年を生きる伝説のルードが、いくつものルードの集落を滅ぼし、貴晶石を奪ってきたという話も。
「ルードの貴晶石を抜き取って回ってるルードの話……聞きたかったんだろ?」
「……ああ。助かった」
 そう言ったきり黙ってしまったフィーヱを一瞥し、コウは屋根を飛び降りていく。人間よりもはるかに小さなルードだが、跳躍力は人間とは桁違いだ。
 やがて。
「冗談みたいな噂だが……少しは手がかりになるか」
 ようやく口にしたのは、そんな言葉。
 腰から下がる袋から取り出したのは……魔晶石よりもはるかに強い輝きを秘めた、力の石。
 古代遺跡の門番たるゴーレムロードとの戦いで手に入れた、貴晶石だ。
 ルードの記憶は誤魔化せないが、ルードの言葉は誤魔化せる。
 つまりは、そういう事であった。
「貴晶石はあと二つだからね……シヲ」
 手に入れたそれを袋の中へと戻しつつ……黒衣のルードが呟くのは、喪ったまま取り戻せずにいる大切な友の名だ。


 いつもなら昼の忙しい時間をゆっくりと待つだけのはずのその店は、今日だけは別の意味で慌ただしい時間を迎えていた。
 入口の扉には『本日夕方から』という貼り紙が出されているにも関わらず、だ。
「……で、何でお前らまでいるんだ?」
 律を含む店の面接に来た一同は、店主を囲むようにカウンターの辺りに立っている。
 だが、そのさらに外縁、席についてむしゃむしゃと試作品らしきタルトを食べている三人組は……明らかに、受験生の雰囲気ではない。
「ターニャに頼まれたのじゃ」
 しかもその内の一人は、堂々と酒まで呑んでいた。
「ご飯がたくさん食べられるって聞いて!」
 もちろんデザートとご飯は別腹。
「しかもタダで食べられるって聞いて!」
 さらに言えば、順番が逆でも全く平気だった。
「というわけで、試作や実技試験なら思う存分作るが良いぞ!」
 モモだけではない。ダイチもルービィも、食べる気まんまんである。
 そんな様子に誰かがため息を吐こうとした所で、さらに勢いよく扉が開く。
「ちょっとぉ! 各地の名物料理がタダで食べ放題なのに、なんであたしを呼んでくれないのよ!」
 誰かが口を挟む隙もなく堂々と店に入り込み、当然とばかりに外縁の席に腰を下ろす。
 無論、ミスティであった。
「……ターニャさん。なんか、情報が錯綜してない?」
 セリカの聞いた話では、今日は簡単な打ち合わせと面接だけだったはず。それがどこをどう間違ったのか、各地の名物料理を山ほど作る事になっている。
「まあいいじゃない」
 誤魔化すように笑ってみせるターニャの背後から掛けられたのは、困ったような小さな声だ。
「あの……着るように言われた服に、着替えてきましたけど」
 現われたのは、白く長い髪を後ろでまとめた、小柄な姿。膝上三十センチはあろうかというミニスカートを居心地悪そうに履き、恨めしげに店主の方を眺めている。
「……本当にこの格好なんですか?」
「似合ってるじゃない、アギさん」
 確かに似合ってはいる。ミスティやセリカは小さく感嘆の声を漏らし、男達が目のやり場に困って視線を逸らすほどには。
 似合ってはいるのだが……。
「っていうか僕、男なんですけど!」
 唯一の問題は、彼が男だという事くらいか。
「男の子もそれ着る決まりだから」
「りっつぁんは着て無いじゃないですか!」
 さらに言えば、同じく面接に来たセリカも着ていない。面接に来た三人の内、この格好をしているのは自分だけだ。
「……お前、おっちゃんがそんなの着てる所……見たいか?」
「そういうわけでは……」
 真顔で問いかける律に、さすがにアギも言葉を濁すしかなかった。セリカはともかく、いい年をしたおじさんがしていい格好では絶対にない。
 かといって、アギがしていいのかと言われれば、したくないと答えるのだが。
「さて。お仕事の基本は接客で、後は料理のお手伝いもちょっとはして欲しいんだけど、やっぱり冒険者なら……」
 そんなアギの件を颯爽と流し、ターニャはカウンターの上にあった被いの布を剥ぎ取った。
「口じゃなくて……腕、だね」
 その下から現われたのは、店で普段使われる食材達だ。
「じゃ、まずは今日の夜の仕込み…………の前に」
 気付くのは、テーブルから向けられる視線。
 どうやらまずは、テーブルで餓えている野次馬達を何とかしなければならないらしい。
 接客はディナーの営業で判断するとして、料理の適正は仕込みの手伝いで判断するか、野次馬達を黙らせる料理でするべきか……。
 考えた瞬間に開くのは、入口の扉だ。
「あ、ごめんなさい。今日は夕方からで……」
 営業時間変更の貼り紙をし忘れたかと思ったが、入ってきたのは知らない顔である。どうやら、貼り紙に気付かずに入ってきたらしい。
 入ってきたのは二人組。
 女性と、少年だ。
 だが。
 その少年を見て、テーブルで料理を待っていたダイチは思わず立ち上がる。
「……タイキ!?」
 先日、止まないはずの雨が止んだわけ。
 彼に浮かんだたった一つの心当たり。まさかと思い、それ以上考えずにいた……そのまさかが、目の前に立っている。
「あら。そうなんですか? レディ・ミラから、美味しいって聞いてきたんですが……」
 そして穏やかに答える艶やかな黒髪の女性を目にしたまま、その場に立ち竦んでいるのは……カウンターで食材を選ぼうとしていた二人である。
「お前………っ!?」
 それは、律が探し求めていた女性。
 彼が今の装いを貫き通し、弓を手放さなかった理由。
 先日街で見かけた姿は、どうやら幻ではなかったらしい。
「……シャーロット………?」
 それは、セリカが伸ばし、届かなかった手の先にいた女性。
 任務の最中、渓谷に消えた、いまは亡き……いや、亡かったはずの戦友の姿であった。


続劇

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