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 森を抜け、山を越え、峡谷を渡り。
 獣の群れを追い払ったその先からは、崩れた穴を通って地下へと至る。
「旦那ぁ。ホントにこんな遺跡でお宝なんか見つかるんスか? どこもボロボロじゃないですか」
 明かりを片手にぼやく少年が触れたのは、ひやりと冷たい土の壁だ。
 天然の地下洞窟は外気の影響を受けないため、どんな季節でもほぼ一定の涼しさを保っている。夏の強い日差しを避けられると最初は喜んだものだが、それも幾日も経てば、慣れを通り越して飽きの領域に入ってくる。
「見つかるさ。……ほらよ!」
 そんな言葉と共に懐中電灯の明かりの向こうにいた男が投げてきたのは、小さな何かの欠片らしき物だ。緩やかな弧を描いて飛ぶそれは明かりの外を通って、差し出された少年の手の中へ。
 どうせ蟲か何かだろう。そう思いながら手の中を確かめれば……。
 そこにあったのは、四センチほどの棒状の物体。すっぱりと切られた断面から三分の一ほどの所でくの字に折れ曲がり、反対側の先は扁平に潰れたあと、五本の短い枝に別れている。
 腕だった。
「どわあっ!」
 もちろん小さなそれが本物なはずがない。何か硬質な材料で作られた、精巧な複製である。
 だが少年の反応が余程面白かったのか、犯人の男はニヤニヤと笑っているだけだ。
「いきなりこんなモノ投げないで下さいよ……ったくもぅ……」
「新品のルードの手足が見つかるって事は、ここらはアタリって事だ。新人、テメェもしっかり探せ」
 陽光の下でなら見慣れた物体だが、こんな所でいきなり渡されれば驚きもする。少年も小さくぼやきつつ、小さな腕を荷物入れに仕舞い、辺りの探索を再開した。
「へいへい…………あれ?」
 触れたのは、やはりひやりとした手触りだ。
 しかしそれは触れ飽きた土の壁でも、所々にある金属製の建材でもなく……もっとつるりとした、触れた事のない感触。
 明かりを向けてみれば、丸みを帯びたそれは磁器のような光沢を放っている。少年は周りを呼ぶ事も忘れ、光を流線型の面に沿って動かしていき……。
 やがて、ガラス窓らしき透明な部品の先に見つけたのは。
「…………女の子?」
 セラミック複合材の筺の中。死んだように眠る、少女の姿だった。



ボクらは世界をわない

第0話 プロローグ


 最初に意識に飛び込んできたのは、黒い白。
 白い黒。
 それは、光の色。
 目蓋を隔てて差し込む、陽光の色。
 瞳を、閉じている。
 それを思考でようやく理解し、少女はゆっくりと閉じたままだった瞳を開く。
「う………ん…………っ」
 いくらか気怠さの残る体に感じるのは、薄い布の感触だ。もっともそこまでの重さはないから、薄い布団か、毛布でも掛けられているのだろうか。

「お目覚めですか?」

 そんな少女に掛けられたのは、涼やかな声だった。
 声の方に頭を向ければ、シーツの端からこちらを覗き込む小さな姿が目に入る。
「……うん。なんか、変な夢見ちゃってね……」
 眠い目を擦りながらゆっくりと身を起こし。
 そこで、気付く。
「あれ……? あたし、小型ドロイドの所有申請なんてしてたっけ……?」
 彼女達の生活をサポートするてのひらサイズのドロイドの存在は、そう珍しいものではない。けれど彼女は、そんな機械の相棒を手に入れた覚えはないのだが。
「シノと申します。よろしくお願いします、カナン」
 碧い髪に、碧い瞳。清楚そうな雰囲気に白いリボンとワンピースがよく似合っている。
「……シノね。よろしく」
 名前まで知られているという事は、知り合いの誰かが手配してくれたのだろう。最近生活がだらしないと散々注意されていた事だし……まあ、いて邪魔になる存在でもあるまい。
 勝手に手配した事には、文句の一つも言っておく必要があるだろうけれど。
「調子はいかがですか? 気分、悪くありませんか?」
「大丈夫。別に普通」
 少々気怠さは残るが、それだけだ。随分とよく寝た気がするせいか、いつもより調子がいい気もする。
「良ければ、机の上に温かい飲み物も用意してありますが……」
「小さいのに気が利くじゃない。……あれ?」
 ドロイドとの生活は邪魔どころか悪くないなどと現金な事を考えつつ、周囲を改めて見回して。
「ここ……」
 少女は、言葉を失っていた。
 さして広くもない木造の一室だ。古びた木製のベッドに、飲み物の置かれたサイドテーブル、そして幾つかの戸棚。身を起こした自身の膝の上には、シノと名乗った機械の少女と、想像通り薄手の掛け布団らしきものがずれ落ちたまま乗っている。
 後は、カーテンが閉じられた窓らしきものと、ごく普通の扉が一つ。
 だが。
 その全てが、少女に覚えのないものだ。
 木製のベッドも、テーブルも、戸棚も、掛け布団も。
 さらに言えば、少女の身を包んでいる大きめのシャツさえも。
 そもそも、少女の知る今の世界には『木造の部屋など存在しない』はずなのに。
「ねえ、ちょっとシノ……!」
 カナンの言いたい事は理解していたのだろう。十五センチの小さな娘は、静かに部屋の反対側にあるカーテンを指してみせる。
「話せば長くなりますから……まずは、そこのカーテンを開けてもらえますか?」
「カーテンね……OK」
 そっとベッドを降りれば、足の裏に伝わってくるのは木製の床の感触。一歩、二歩と進めれば、踏み込みに応じて床がぎぃと軋んだ音を立てる。
 合成建材ではない。
 地球にいた頃と同じ、本物の木の感触だ。
 シノに導かれるまま、カナンはおっかなびっくりカーテンを引き。
「そん……な……」
 それ以上の言葉は、ない。
 カナンの目の前に広がるのは、見慣れたドーム都市の光景ではなかった。
 石と木、そして漆喰で作られた白い街並み。街路の向こうには市場らしき通りがあり、中央には街のシンボルとでも言うかのような巨木が一本空へと生えている。
「窓も開けられますよ」
 シノの言葉に窓を開ければ、入り込む風も浄化された人工の風ではなかった。土と草の匂いが混じる、地球と同じ天然の風だ。
「ここ……第三開拓ドーム……じゃない……?」
「ここは木立の国アーボース、ガディアの街ですよ」
 窓辺に立つ少女の言葉など、耳に届こうはずもない。ただ、ぼんやりと視線を空へと移してみれば。
 緑に覆われた山の端に、たった一つ、彼女の知る景色があった。
 昼間の月。
 そして白く輝く月から直接生える、巨大な樹。
「グリー・ニィル……」
 樹のように見えるそれは、樹ではない。
 この惑星にカナン達を連れてきた、移民船である。
 開拓の資源となる衛星をこの星の軌道上まで運び、コールドスリープについた数万の開拓民達を抱いて大地を見守っていた、彼女達のもう一つの故郷。
 緑の箱船。
「あれがあるってことは、やっぱりここは……」
 彼女達が辿り着いた、約束の地。
「あなた達の知る、スピラ・カナンです」
 月から採掘した資源でドーム都市を築き、地表改良用のナノマシンで土壌改良を行っていた……乾きの惑星。
「月の大樹をそう呼ぶという事は、カナンはやはり古代の民なのですね」
「うん……」
 ようやく浮かび上がってきたカナンの最後の記憶は、土壌改良用の自動機械群に指示を出し、その経過を見届けるために幾度目かのコールドスリープに就いた所まで。
 短い期間だからと、箱船に戻らずに地上で眠ったのが災いしたらしい。その後カナンは何らかの事情で目覚めることなく、この時代で目覚めたと……そういう事なのだろう。
 宇宙船の非常脱出カプセルを兼ねていたコールドスリープ装置なら、あり得ない話ではない。
「けど、古代の民って……あたし、どのくらい寝てたの……?」
 土壌改良とその後の地球化作業が成功したのは、この風景を見れば明らかだった。
 中央の樹や辺りの森の様子を見るに、植林されてから短く見ても百年から二百年は経っているはず。それをまとめて考えれば、五百年か、千年か……。
「そうですね……」
 少女はわずかに息を呑み。
「……一万年というところでしょうか」

続劇

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