11.神代の戦い再び そこにあるのは、雲を突く巨神。 「レッド・リア……」 赤の箱船が姿を変えた、巨大という言葉では足りもせぬ、巨大歩兵。 「まだ、動けたのか……?」 ロゥ達が脱出したときに動きを止めたと思われたそれは、無言でそびえ立っている。 「クロウザ……貴殿は、気付いていたのだろう?」 千メートルの巨神を見上げながら、獣甲を解いたソカロはぽつりと呟いた。 「フッ。さあな」 傍らのクロウザは、薄い笑みを浮かべるだけ。 「まあ、即席にしては、十分な連携だったとは思うがな」 龍王を叩き潰した巨神が、それ以上動く気配はない。 大半の者は剣を引き、誰もが呆然とその巨躯を見上げる中。辺りに響き渡るのは、静かな声。 「こんなもので良かったかい? オルタ・リング」 少年の、声だ。 「貴殿の協力に最大限の感謝を! ロード・シェルウォード!」 「まあ、龍王には因縁もあったしね。僕達の旅立ちを邪魔しないでくれるなら、安いものさ」 オルタの張り上げた精一杯の感謝の言葉にも、ウォードは静かに応じるだけ。落ち着き、淡々と、かつてオルタの側にあったときのように。 「その代わり、僕達の旅立ちの時には協力してもらうよ。クイーン」 「はい! グルーヴェの全力を挙げて」 ウォードとオルタのやり取りを聞きながら、ロゥは呆然と呟いた。 「敵を騙すには……か。交渉は、決裂じゃなかったのか」 そう。 味方となったはずのロゥ達を騙し、倒されたフリまでしておいて、赤の継承者はその好機を狙っていたのだ。 「ま、そういうことだネ」 龍王を討つ、最高の一瞬を。 「じゃ、お前ら……」 ロゥは、傍らに座り込む少女達に呆れ顔だ。 あのレッド・リアの中での戦いは、どう思い出しても本気だったはず。メルディアの矢は常に急所を狙っていたし、イーファの槍は殺意すら籠もっていた。 「……ま、そゆこと。名演技だったでショ」 「イーファ様がいつボロ出すかとドキドキしてましたけど」 「何よぅ。アタシだって、そのくらいは……」 誇らしげな二人に「殺す気か」と呟いて、ロゥはため息をひとつ。 「さて。本気でかからねば仕留められなかったとは言え……イルシャナ殿は」 「獣機王のオンビートはこのくらいでは砕けません。おそらく、大丈夫かと……」 鎧と化したオルタはソカロにそう囁くが、内心の不安は隠せないまま。 それまでの戦闘で、大きなダメージは受けていないはずだが……現在のイルシャナがどこまで力を取り戻せているか、オルタには分からないのだ。 「……待て。あの鎧が無事という事は」 そう、クロウザが口にした瞬間。 「なっ!」 大地を穿つレッド・リアの右掌が、蒼い輝きを放ち。 砕け、散る。 「があああああああああああああああああああっ!」 噴き上がる閃光に右手を砕かれ、バランスを崩してたたらを踏む千メートルの巨神だが、誰もその姿を気に留められる余裕はなかった。 「しぶといな……」 蒼い光の中にあるのはローブの姿。 逆光になって表情は見えないが、そのシルエットを見間違える者はこの場にはいないだろう。 龍王ダイバ。 超獣甲の姿を失ってなお……いや、失ったからこそ、その威圧感と殺気は質量さえもって見る者全てを打ち据える。 「貴様ら……ッ! やってくれる……!」 しわがれた声が、右手をかざす。 そこにあるのは、金属板に覆われた輝く宝珠。 獣機王の、ティアハートだ。 「超獣……」 「させるか!」 叫んだときには既に目の前。ばさりと広がる黒い翼が、青い光に斬りかかる。 「邪魔をするなぁぁぁっ!」 咆吼と共に、広がる閃光は一点の方向に収束。 青い光が黒い翼を押し、圧し、貫き引き裂いて。 「クロウザっ!」 ソカロが叫び、光条が全方位の輝きに戻ったときには、黒羽根の英雄の姿はどこにもありはしなかった。 「莫迦に……莫迦にしおっ……」 クロウザを光の中に消し去り、龍王は今度こそ右手をかざそうとして。 「なっ!」 言葉を失い、続けることが出来なくなる。 右手の中には、何もない。 「だ……誰が……っ!」 クロウザは消した。ソカロは動いていない。 レッド・リアは論外だし、他の獣機使いも、ティア・ハーツも、こちらとは距離がありすぎる。 そもそも龍王に気配を悟らせず、近寄ってかつ手の中のものをスリ取れる相手など……この世に幾人存在するだろうか。 しかし。 「捜し物はこれですか?」 その一人は、確かに目の前にいた。 「……な……な……っ!」 それは、炎の翼をまとう少年。 無造作に左手に手挟むは、獣機王のティア・ハート。 そいつを、龍王は確かに知っていた。 「昔の仕事も少しは役に立つものだね、エミュ」 そいつの名は……。 「最終ステージには、間に合ったようだな」 その声に、ソカロは思わず安堵のため息を吐いた。 「クワトロ……生きていたのか」 獣機の娘を連れておらず、全身に包帯を巻いた姿ではあったが、少なくとも死んではいない。 「あのくらいでは死なんよ」 左右から見知らぬ少年と少女に支えられるようにして、彼はそこに立っている。 「で、あそこの彼は?」 だが、当面の問題は龍王に対峙する少年の存在だ。 炎をまとっているからには、幻獣種かティア・ハーツか……何らかの能力を持つのだろうが、たった一人で龍王に挑むなど無謀に過ぎる。 「彼女ら、ですわ」 その言葉を、クワトロを右から支えていた少女が訂正した。 「レアルとエミュ・フーリュイ」 クワトロを左から支えていた少年が、ぶっきらぼうに彼らの名を呼んだ。 「そしてこの二人は……」 左右の支えを解き、クワトロは剣を杖代わりに一歩を退いた。 「ヒューロ・セーヴル」 小さな耳とふわりとした尻尾を持つ小柄な少年は、フェレット種のビーワナだろうか。 「ナンナズ・スクエア・メギストスですわ」 褐色の肌に、長い白銀の髪がふわりと流れる。 瞳に宿るのは、強い意志を秘めた蒼い色。 「スクエア・メギストスって、それじゃ……!」 その名を持つのは、世界にたった三人きり。 獣機王イルシャナと、獣機将として生まれ変わったオルタ・リング。そして、世界のどこかにいるという、獣機の后。 「姉の危機に馳せ参じましたわ。我が妹、オルタズ・スクエア・メギストス」 獣機后の称号を持つ娘は、ソカロの傍らに立つオルタに柔らかく微笑んだ。 見かけこそオルタより幼く見えるが、確かに彼女の『姉』なのだと、その場にいた誰もが理解する。 だが、そんな感慨に浸っても居られない。 「……ソカロ」 「ああ。分かっている」 まずするべきは、目の前の青い閃光を何とかする事。 「征くぞ、オルタ」 「はい!」 伸ばす手を包むのは、ソカロの大きな手のひらだ。 それをさらに包み込むのは、薄緑の柔らかな光。 草萌ゆる大地の色。 「いいわね、ヒューロ」 「ああ!」 褐色の手に重ねられる、ヒューロの小さな手。 蒼い疾風が二人の手を奔り、螺旋を描いて天へと駈けのぼる。 強い力を、優しい息吹を感じながら、ソカロとヒューロは言葉を放つ。 「いいんだね? エミュ」 はるかな天上。蒼い輝きをまとう龍王を正面に見据え、レアルは誰とも無しにそう呟いた。 「うん。いくよ、イルシャナさま」 答えるのは無論、レアルを包む紅の炎。 ゆらりと揺れる炎の中、あどけない少女の幻影と優しげな娘の姿が浮かび上がり、共ににこりと微笑んだ。 そしてレアルは右手をかざし。 同時に龍王も両手を広げ。 高らかに叫ぶ。 「超獣甲!」 「ダイブ!」 |