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 薄暗い部屋の中。
「陛下。グルヴェアにて、レッド・リアが起動したそうです」
 姿よりも先に聞こえたのは、しわがれた声だった。
「……そう」
 執務室の大きな椅子に体を埋めた娘が放つ、物憂げな声に遭わせ。影の中から抜け出したかのような陰鬱な動きで、そいつは姿を見せる。
「おや。驚かれませぬか」
 蛇族特有の二枚に割れた舌をちろちろと閃かせ、老爺は静かに嗤う。
「予知や占いで出ていたとおりだもの。何を今更……」
 娘は、再びのため息。
 古代遺跡の浮上は最悪の事態ではあるが、十分に予想のついていたことだ。受け入れる気持ちに整理がつけば、驚くには値しない。
「龍王様も降臨したようだから、恐らくイルシャナは龍王様の側に回ったのでしょうね」
「御意」
 最悪に重なる最悪だが……それも彼女をマリネの護衛に遣ったときから覚悟の上。それに、イルシャナの力を得た龍王は彼らの力となってくれるだろう。
 少なくとも、レッド・リアと戦う間は……。
「では、エミュ・フーリュイがグルヴェアに向かったと聞いては?」
 だが、その言葉には流石の娘も息を飲んだ。
「エミュが!? だって、彼女は……」
 グルーヴェのはるか北、ビッグブリッジを擁す海の都・セルジーラに派遣していたはず。
 イルシャナやグルヴェアから遠ざけるための、あえての指示だ。そうでなければこの時期に、エミュやレアル、ロッドガッツという貴重な戦力をわざわざセルジーラなどに送りはしない。
「ルティカ・ルアナと狂犬が、クラムの報告書を携えて戻りました」
「クラムの?」
 クラム・カインにはセルジーラとタイネスの内偵をさせていたはず。確かに、セルジーラでルティカ達と出会ってもおかしくはないが。
 この際、そちらはどうでもいい。
 問題はエミュだ。
「ナンナズのパートナーの発見と、ナンナズの奪還、赤の後継者の撃破に成功。エミュ達はナンナズの体調が戻り次第、グルヴェアに移動するとのことです」
 無論、グルヴェアのイルシャナ達に合流しろという指示など出してはいなかった。
 エミュなりに考えた行動だとは思うが……。
「……最悪だわ」
 主の驚きが嬉しくて仕方ないのか。蛇族の老爺は、喉の奥でくくく、と嗤ってみせる。
「では、吾輩は準備がありますので、これにて」
 一礼と共に、蛇は姿を消した。後に残るのは、閉め切った部屋の澱んだ空気のみ。
「ふぅ……」
 天上を見上げて瞳を閉じると、娘は長く大きなため息をつき、口の中で小さな言葉を一つ転がす。
 大国ココの女王とて……いや、だからこそ、出来ることなどこの程度。
 自らの無力さに歯噛みするも、それ以上できることが何もないのもまた、厳然たる事実だった。
「皆に賭けるしかない、か」
 限りなく陳腐な言い回しだが、今はそれに頼るしかないのだ。


ねこみみ冒険活劇びーわな
Excite NaTS "Second Stage"
獣甲ビーファイター
#6  フェアベルケンの守護者(前編)

0.ロード・シェルウォード

 三角錐の足を地に穿ち、巨大な物体が大地に立っていた。
 三角錐の腕をだらりと提げ、三本の巨大な円筒を背中から生やしたそれは、ヒトの形を模した本体だけでも千メートルを優に超える。
「ロード・シュライヴ」
 その居城、鋼鉄の最深部に、静かな声が響き渡った。
 玉座に身を置く少年こそが、この部屋……ひいては、千メートルの大巨人とその背の円筒に眠る数万の同胞の主。
「……シュライヴとのみお呼び下さい。ロード・シェルウォード」
 視力を取り戻した眼前にかしずくのは、少年よりもさらに幼い子供の姿。
 けれど、幼いのは姿だけだ。本来の年齢は、ウォードはおろか、この世界に生きる誰よりも上である。
「随分と変わるものだね、シュライヴ。復讐はどうしたんだい?」
 右手に刻み込まれた円盤状の痣をぼんやりと見遣り、ウォードはシュライヴに問う。
「正しき王が現れた以上、私の代行者たる権限は全て凍結・消滅していますので」
 かつては、少年の側がシュライヴを主と呼んでいた。
 しかし、少年が王の名と証を受け継ぐことを決意してより、二人の関係は全くの逆となっている。
「では、君は僕の意志に従うということか?」
「御意」
 シュライヴの返す言葉に、忠誠以外の色はない。
「君やトモエの意志に反することをしても?」
「既に決定権は赤の後継者に委譲されています。代行者の意志が介在する余地はありません」
 裏切りを秘めた敵意も、それを覆い隠す狡猾の色もない。
「なら聞き方を変えるよ」
 一切の邪気のないシュライヴに、ウォードはさらに問いかけを重ねていく。
「僕の計画は説明したね。トモエなら、どうすると思う?」
 答えは、すぐにない。
「…………」
 張り詰める空気に、ふむ、と一息をつき、表情ひとつ変えぬシュライヴをぼんやりと眺め。
 次はどうやって問い掛けようか……と思ったところで、ようやく答えが来た。
「……笑うのではないかと」
 ウォードは返事を寄越さない。
 言葉なく立ち上がり、与えられた指揮杖で床をかつ、と叩く。
「そうか。なら、第一段階といこう。加減は指示の通りに」
「御意」
 シュライヴは深く一礼し、自らの分身へと作戦の決行を伝えた。



続劇
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