15.正義再臨 左右から同時に叩き込まれた斬撃は、受け止められたのもやはり同時だった。 「一対二なんて、卑怯じゃないのよっ!」 真横に構えた槍がぎしぎしと軋む中、イーファの体を優美なラインが包んでいく。 獣甲が完成すると同時に少女の両腕に力が流れ込み、その勢いのままに二本の刃を弾き返した。 全く同様にたたらを踏み、構え直す、二つの影。彼女達に掛かれば、まとうドレスの裾ですら、対称に動いている。 「あら」 だが、次の動きは対称にはならなかった。 「なッ!?」 イーファが正面からの斬撃を受け止めれば、死角になる位置からもう一撃が滑り込んでくる。ドゥルシラの反応でそちらを受け流せば、弱まる警戒に正面の刃がさらなる力で押し込んでくる。 「悪なら卑怯でも良いのではなくて?」 背中の翼で距離を置けば、飛んでくるのは連なる魔術弾。 それさえも炎と氷。かわした所に二撃が着弾すれば、水蒸気爆発で強烈な炸裂と白煙を生み出すのだ。 「ああ、そうか……」 生み出された突風にくるくると身を舞わせながら、イーファはぼそりと呟く。 「イファ! 納得してる場合じゃないでしょ!?」 降り立った所には白煙を切り裂き、次の斬撃がやって来る。それをフェイントとし、次弾の斬撃が来るのも予想済み。 だが、来るのは分かっても、対処する事は出来そうにない。 (一撃は仕方ないか……っ) 覚悟を決めて舞い降りる。 白煙の中。不安定な姿勢で何とか一撃目を受け止めて。 「……え?」 かわしきれない二撃目が来る事は、なかった。 広い空間に風が抜け、煙幕となる白煙を吹き散らしていく。 「な……っ!」 コルベットから放たれた二撃目は、しっかりと受け止められていた。 マチタタではない。 彼女は少し離れた場所で、アルジオーペと交戦中だ。 「何やつ!?」 両のてのひらを打ち合わせ、長剣の斬撃を受け止めるその背中。 「悪党に名乗る名は、無い」 迷いの霧を吹き散らす風の中。 「アナタ……!」 少女の受け止めた刃が、ぎり、と鳴る。 「誰が正義で誰が悪かは、あたしには分からない……」 迷いを払う風の中、いまだ迷いを残すかのように。 力は拮抗状態。攻め手は後一歩の力を入れるタイミングを見計らい、護り手は力を振るう迷いに縛られた、そんな状態。 「「貴女達にとっては、私達は『悪』なのでしょう?」」 二人の少女に剣を受け止められた美女は、同じタイミングで問い掛ける。 「分からない。こちらに非があったのかもしれないし、本当に貴女達が悪なのかもしれない」 でも。 少女は接続の言葉を解き放ち、言霊に力を叩き込む。 「オルタ・リングをさらい、グルーヴェに大混乱を起こしている貴女達の野望は、止めなければならない!」 叫びと共に剣を振り払い、蹴打一撃。 もちろん牽制だ。相手にバックステップを踏ませ、距離を取らせるための。 だが、空を抜ける蹴音に迷いは残っていない。 「それに、目の前で泣いている人は、見逃すわけにはいかないわ!」 蹴り足を大地に置き、強く踏みしめる。 「泣いてなんか無いっ!」 イーファのツッコミを颯爽と無視し、大きく広げた両手を天にかざす。 天より降りそそぐ光を集めるかのように。 人工の陽光の下。それでも、輝きは在る。 彼女の手の中。 光のティア・ハートとして。 力を解き放つのは、たった一言。 「変身!」 応えるのは光。 形となるのは瞳を覆うゴーグルと、風になびく紅のマフラー。 「赤の野望を砕くため、助太刀するわ!」 少女の姿は知らなかった。 だが、いま目の前にいる姿は、イーファも知っている。 「貴女、何でここに……?」 忘れようはずもない。かつてグルヴェアの処刑場に乱入した、仮面の少女だ。 「知らないかしら?」 イーファの問いに、仮面の少女は余裕の笑み。 「ヒーローは、どこにでもいるって」 「……まあ、何でもいいワ」 はぁ、とため息を吐き、獣甲をまとう少女は細槍を構え直す。あまり真面目に話をしてもしょうがない相手と気付いたらしい。 「あたしはイーファ。イーファ・レヴィー」 正面にあるのは剣を構えた一人の美女。 「シューパーガールよ。よろしくね」 こちらも正面に置くのは、剣を構えた一人の美女。 「こちらこそ!」 戦いは二対二として、再開される。 力と技が、正面からぶつかり合っていた。 空を切るのは銀色の糸。触れる者全てを絡め取り、動きを封じる呪いの糸だ。いかに素早きもの、強きものであろうと、健脚を封じられ、豪腕を抑えられれば、女の敵ではなかった。 「あのさー」 しかし。 「この間も言ったでしょ? その網は、通じないってさ」 足を封じる糸を強引に断ち切られ、腕を抑える糸を力任せにねじ切られては、正直立場がなかった。 「みたいねぇ」 銀糸の重ね打ちで封印の力を増そうにも、街路の建物ごと薙ぎ払う大破壊の前には全くの無力。 長剣は初撃でへし折られ、構えていた投げナイフも力だけで押し切られている。 アルジオーペに、既に武器はない。 「まあ、私達は時間稼ぎが出来ればいいのだけれどね」 離れた廃墟に粘糸を打ち込み、縮む動きで一気に跳躍。残る五本の腕でも次々と粘糸を放ち、空中での軌道を瞬時に変更する。 マチタタの攻撃は大振りで、衝撃波も真っ直ぐ飛ぶだけの単調な攻撃だ。こちらの攻撃は通じないが、糸の空中機動を放てばあちらの攻撃もこちらには当たらない。 「……その時間稼ぎも」 粘糸の乱射で街路を疾走し、マチタタの横を一気に駆け抜ける。 「もう、終わり」 着地と同時に体を反転。斧使いに向き直り、六本の手を同時に展開させる。 偽物の陽光の下で輝くのは、ネコ娘を取り囲む銀色の結界。 「……ッ!?」 銀糸に触れたマチタタの髪が音もなく切れ、はらはらと宙を舞う。 宙を舞う茶色の髪に、クマ族の少女は息を飲んだ。 「……強い……っ!」 魔法に剣技。コルベットの技は、どちらも突出して強くはない。だが、二つの力が同時に放たれると、その脅威は乗数となる。 氷弾をかわした所に鋭い斬撃。それを受け止めようとすれば、刃は雷をまとっている。慌ててかわせば、その後に控えるのは辺りを焼き尽くす爆裂火球の洗礼だ。 二対一で耐えきったイーファは大したものだと、そう思う。 壁を背にすれば、隣にあるのは味方の姿。 「もう限界? イーファ」 「まさか。これからよ」 上気した頬で問いかければ、上がった息でそう返ってくる。 並んだ二人に対し、双子の魔法剣士も同じく並ぶ。 「「そろそろ、時間のようね。アルジオーペ!」」 言葉と同時に放たれるのは数発の光弾だ。こちらではなく空中で破裂した光弾は、狼煙の意味を持っているのだろう。 爆発を確認した二人は満足そうに頷き、同じ動作で構えを取る。 結ぶ印は別のもの。口の動きも対称ではなく、全く違うものだ。 「一気にカタを付ける気ね……」 迫る力の桁が違う。かつて戦った魔術師の最大魔法よりも、はるかに強い力。 「ならば、こちらも……ドゥルシラ!」 「イファ!? まさか!」 主の声に、獣機の娘は息を飲んだ。 「そうでもしないと勝てそうにないでショ!」 同時に理解する。 この気配をまとった主の決意は、変える事が出来ないと。 「……分かったわ。レベル3!」 叫びと同時、イーファの体の中に力が膨れあがった。 「んんッ!」 駆け巡る力に、体が熱くなるのが分かる。意識が、想いが、ガリガリと削られていくのが分かる。押さえ付ければ付けるほど、イーファの心は異質な何かに犯されていく。 先程は暴走する力を解き放つマチタタがいたから、使う事が出来た。しかし、今は彼女は居ない。 だが、目の前の脅威に抗するには、この力を使うしかない。 「あああっ!」 叫び、撥ねる少女の手に、小さな手のひらが重ね合わされたのは、その時だった。 「その力、借してもらうわよ。イーファ」 「……え?」 言葉と同時、狂おしい力の奔流が、すうっと落ち着いていくのが分かる。 「ミンミに出来て、あたしに出来ないはずが……」 無い。 考えず、感じる。 流れ込んでくる力は強い。けれど、抑えられない力ではない。 息を吸い、吐く。 意識はいまだクリアなままだ。かつてミンミに助けられた時のような事は、ない。 「大丈夫? イーファ」 震える手を包み込み、そっと問う。 「……ありがとう」 助けられる側は性に合わない。 迷いはしても、それだけは分かる。ヒーローはやはり助ける側だ。 「礼なら、あいつらを倒してからにして!」 「ええ!」 言葉と共に、イーファから流れ込む力がさらに高まる。 コルベットの動きも止まり、呪文が完成する。 「バースト!」 「フリーズ!」 同時に放たれたのは、対属性の古代魔法。全てを焼き尽くす煉獄の炎と、全てを凍てつかす冥府の凍気。 相反する理は世界に矛盾を引き起こし、炸裂点の全てを一瞬のうちに崩壊させる。 それを防ぐ術は…… 「打ち破れ!」 二人の少女が解き放つ、黄金の輝き。 「必殺! インフェルノ・パァァンチッ!」 世界の理を書き換える力。それをねじ伏せ、打ち砕く、起死回生のさらなる力。 「「な……ッ!!」」 理不尽の拳は全てを薙ぎ払い、世界に自らの存在を破壊の跡として大きく刻み込んだ。 大きく開かれた、掌底の姿として。 巨大円筒の内側に、魔力の嵐が渦巻いた。 整然と並ぶ町並みを駆け抜けながら。スズムシのビーワナは広場の中央に立つ赤い影に向け、完成した呪文を解き放つ。 「バースト!」 目の前に煉獄の炎が生まれたと同時。 「フリーズ!」 重ねて放つのは、背中の羽根の音で組み上げた絶対零度の凍撃だ。 相反する理は世界に矛盾を引き起こし、炸裂点の全てを一瞬のうちに崩壊させる。 「邪魔だってば。フレア!」 だがその奥義も、存在そのものを爆砕させる炎熱の前にあっさりと押し流された。町並みを焦熱させる力の奔流にスズムシのビーワナも巻き込まれ、そのまま燃え尽きていく。 「全く、他愛もない……」 振り返ると同時、上方から襲い来る敵を撃ち落としておいて、周囲に目くらましの炎弾を乱射する。 九つ放った炎弾の、響く炸裂は一つ足りぬ八つ。適当な目標に当たった手応えもない。 「……あら?」 一つは、天高くに弾き飛ばされていた。 「……ミンミ!」 少年の叫び声に合わせ、ようやく破裂する。 目くらましとはいえ、普通に受ければ瀕死は免れぬ威力を込めたはず。それを弾くという事は、相当の実力がある相手らしい。 「貴方は」 だが、その相手は幾度となくまみえた相手だった。 「貴様……全部、お前がやったのか」 貝族の少年。かつてミンミが滅ぼしたエノク巣の、最後の生き残り。 「だったら? また、残ったのは貴方一人みたいねぇ」 今までの彼なら、即座に殺気をむき出しにして襲いかかってきただろう。 だが、今日はその殺気がない。 それどころか、どこか余裕すら感じられる。 「全力で往く……。試させて貰うぞ、ボンバーミンミ!」 |