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1.塔の街に集う者

 無数の塔の林立する街、グルヴェア。
 塔の居並ぶ城下町は、かつてない喧噪に包まれていた。
「ほら、そっちの荷物は後で良いから! 奥のかさばらないものから先に積んでいきな!」
 ただ一つ残念なのは、それが祭や普段の賑わいとは異質な物だった事か。
 疎開、である。
 コルベット率いる王党派がグルヴェアに迫っている事は、既に周知の事実となっていた。戦場となるグルヴェアから少しでも離れようと、多くの者が荷造りを行っているのだ。
 リーグルー商会の看板が掛かる一際大きな塔でも、避難の準備は着々と行われていた。
 そんな塔の中。カウンターに頬を突く、気怠げな姿が一つ。
「お嬢さーん。手が空いてるなら、手伝って下さいよー」
「んー」
 店員の言葉にも、生返事を一つ返すだけ。こんな時は先頭を切って動くはずの元気少女が、動力を失ったかのようにぼんやりとしているのだ。
「おかみさんに告げ口しちゃいますよー」
「んー」
 少女が何よりも怖れる名前を引き合いに出して、ようやくのろのろと動き出す。
 普通の店員であれば二人がかりで抱える荷物を、片手でひょいと持ち上げて。
「これ、積んじゃっていいの?」
「いや、だからそれは後で良いんですって!」
「んー」
「ああもう積んじゃったよこの人は」
 少女のクマ耳には話の半分も届いていない。
「どうしたんです? ミーニャお嬢さん」
 あまりにも挙動不審な少女に、若い店員も不安げに声を掛けてきた。
 もちろん、少女からの返答はない。
「良く分からんが、この間ふらっと帰ってきてからずっとこうなんだよなぁ」
 コルベットが進軍を始める数日前の事だ。
 それはミーニャがヒーローとしての支えを失った日でもあったのだが、もちろん彼女の正体を知らぬ店員達が分かるはずもない。
「邪魔するぞ」
 そんな騒がしい店内に、男が入ってきた。
 長身の若い男だが、ネコを抱いた子供を連れている。
「イシェファゾさん、バタバタしててすいませんねぇ」
「聞いたぞ。ココに戻るんだってな」
「ええ。なんかグルヴェアが戦場になるっていうじゃありませんか。一時避難ってところです」
 リーグルー商会の本店はココの王都にある。グルヴェアに店を構える彼らも、次の戦いが落ち着くまでスクメギの支店に避難する事になったらしい。
「じゃあさ、この子も一緒に連れてってもらえないか?」
 イシェが前に出したのは、連れていた子供だった。
「この子は?」
 彼には子供はいなかったはず。そもそも、二十歳そこそこの彼にこんな大きな子供がいるはずもない。
「この間、行き倒れてる所を助けたんだが……。俺が安全な所に連れて行くワケにもいかんのでな。頼めるか?」
「そりゃ、イシェファゾさんの頼みですから」
 イシェファゾはグルヴェア軍部の長、フェーラジンカの腹心だ。グルヴェアが戦場になる以上、そこを守るのは彼らの仕事となる。
「助かる。身の回りの事や、仕事の手伝いくらいは出来ると思うから」
「嬢ちゃん、名前は?」
「コーシェ。この子は、ねこさん」
 男の問いに、ネコを抱えた娘は小さな声で名前を名乗った。
「じゃ、早速で悪いんだが……。その辺りの荷物を運ぶの、手伝ってもらえるかい?」
 コーシェは小さく頷くと、手近にあった荷物の山へぱたぱたと駆け出していく。
「ほらー。お嬢さんも手伝って下さいよ。あんな小さな子供まで手伝ってくれてんですよ」
「んー」
 店員の言葉に、だらけていた少女は身を起こし、手近にあった荷物を片手でひょいと抱え上げる。
「……コーシェ、荷物じゃないよ?」
「これ、積んじゃって良いの?」
「ああもう、このお嬢さんはー」
 コーシェを片手にぶら提げたまま問うミーニャに、店員も天を仰いだ。
 何もしないのが一番の手伝いになる。リーグルー商会に勤めて二十余年、男はその言葉を全く信じていなかったが、初めてその意味を理解した。
「それじゃ、悪いけど頼む」
「ええ。イシェファゾさんも、お気を付けて」


 塔ばかりの街グルヴェア。
 そこは、入口も巨大な塔で出来ていた。
「はい。通って良いよ」
 物見櫓を兼ねる城門は、関所の役割も持つ。
「有り難う」
 そこで立ち入りの手続きを済ませたのは、二人の娘だった。
 どちらもまだ若く、美しい。服装こそ冒険者のそれだが、気品のある物腰は、冒険者とはどこか違うように見えた。
「お嬢さんがた、このご時世に旅行かい?」
 最近のグルーヴェは戦争が続き、各地の治安も悪化の一途を辿っている。こんな美しい娘達だけで旅をするのは、あまり褒められたものではない。
「ええ。知り合いが、ここに暮らしているもので」
 二人組のうち、髪を長く伸ばしたほうが柔らかな声でそう答えた。
「こんな事言っちゃ何だけどさ。ここ、もうすぐ戦場になるから、その友達と一緒に早く逃げた方が良いよ?」
「はい、有り難うございます」
 笑顔で応じたのは、黒い髪を後ろで結い上げた娘だ。
「そうだ。ちょっとお伺いしたいのですが……。王城へはどう行けばいいのですか?」
「王城塔? ああ、丁度良い所に」
 門番の男は広場に見慣れた姿を見つけ、大声で呼びかけた。
「イシェファゾさーん! 今からどちらに?」
 長身の男も門番に気付いたらしく、提げていた棍をかざして応じる。
「城に戻る所だけど、どうしたんだ?」
「ちょうどいいや。このお嬢さんがたがお城に用があるそうなんですが、案内しちゃあもらえませんかー?」
 見れば、清楚な美人の二人組だ。今は冒険者然とした旅装をしているが、振る舞いも喋り方も貴人のそれに近い。盛装さえすれば、城の舞踏会にも出られるだろう。
「そりゃ、いいけど……。城の誰に?」
 こんな美人が一体誰を訪ねてきたのか。わずかな興味を覚え、イシェはふと問うてみた。
「はい。クワトロという方に」


 美人をイシェに任せた門番が次に相対したのは、見上げるばかりの長身の男だった。
 イシェも背が高いが、この男はなお高い。
 小柄な門番の男からすれば、白い壁が迫るようにさえ思えてしまう。
「……はい。通って良いよ」
 わずかに威圧されたまま、通行の許可を出す。
「すまん」
 だが、男の視線の先に気付いたことで、門番は威圧感が薄れていくのを感じていた。
「ああ。あんな美人が二人旅なんて、ワケありなのかねぇ?」
 黒眼鏡の奥にある視線の先は、イシェと話している美人の二人組に注がれていた。長身で威圧感のある男も、美人には弱いらしい。
「かもしれんな」
 男は黒眼鏡の位置を弄り、視線を隠し直す。
「お客さんは何? 傭兵?」
「そんな所だ」
 今のグルヴェアは、王都を出ようとする住民達であふれかえっている。冒険者や傭兵であれば、護衛の仕事は事欠かないだろう。
「いい雇い手がいるといいね。それじゃ」
「有り難う」
 最後まで門番の男は勘違いしていたが、男が視線を注いでいたのは少女達にではなかった。
 無論、見ていたのは彼女達なのだが……。
(なぜココの王族が……? いや、まさかな)
 ココの王族に連なろうかという者が、ろくな伴も付けずに異国の王都などに来るはずがない。
 他人のそら似と思い直し、白いコートの男は行動を開始した。



続劇
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