15.紅の超獣甲 砂煙が晴れた向こうにあるのは、崩れ落ちた角質の森だった。 「……クロスオーバーか。お前が雷のティア・ハートを失って以来か」 その中央に力なく腰を下ろしているのは、巨大な双角を持つ青年だった。 呟く言葉は穏やかで、ここに攻め入った時のような戦意は微塵も感じられない。 「……ええ。そうですね」 傍らにいるのは、獅子族の青年だ。座っている事も辛いのか、戦槌を模した長杖にすがっている。 「どうやら、色々と無茶をさせたようだな」 葬角は槍を伸ばしかけた状態で、そのまま止まっていた。魔力の供給も途絶えたらしく、あちこちが砂に還り始めている。 「なに。いつものことですよ」 辛辣な言葉に、フェーラジンカは苦笑。 「覚えてない事も多いが……革命は、失敗したんだよな」 かつて、デバイスと三人で語り合ったグルーヴェの未来。多くの思い出は闇の中だが、炎の中に倒れるデバイスの姿はまだ残っている。 「でも、オルタ姫様が立たれました」 「プリンセス・オルタか……どんなお方だ?」 グルヴェアで何度か会った覚えはあるが、今一つ印象に残っていない。それが本当に印象に残っていないのか、記憶にないだけなのかは解らなかったけれど。 「デバイス様によく似た、お優しい方ですよ」 「そうか……。なら、グルーヴェは安泰だな……」 そこまで言った青年の体が、ゆっくりと崩れ落ちた。 「……ジンカ?」 倒れ込んだ音は、ごくごく頼りない音だ。 背中からあふれ出ている血は、いまこの場で斬りつけられた傷から流れ出している。 「貴様……アルジオーペ!?」 「茶番ね。でも、それももうお終い」 剣を下したのは、ジンカの軍師であった妖艶な美女・アルジオーペ。 そして傍に控えるのは、尽きる事無き黒鎧の騎士・フォルミカ。 「フォルミカ……やはり、お前達が!」 「まあ、そういうこと」 ようやく追い付いてきたクロウザとイシェファゾに気付き、後ろに飛んで間合を取る。 背後に立つのは赤い獣機・ヴァーミリオン。 「もはや貴様等は必要無い。ここからは我々のやり方でやらせて貰う」 「クロウザ! イシェファゾ!」 イシェファゾは既にジンカの応急処置を始めている。今戦えるのは、満身創痍のクロウザただ一人。 「カヤタ。もう暫し、付き合ってくれるか」 逃げる事も出来たろう。けれど、この状況で退く言葉を、この男は持ち合わせていない。 「存分に」 カヤタの黒髪が優雅に舞い、入れ替わるように黒羽根の超獣甲が姿を見せる。 羽根の大半は喪われていたが、それでも闘志はいささかも衰えぬ。 「超獣甲か。不完全な貴様等が我らに抗うべく、紛い物を使って編み出した、不安定な力……」 「だが、かつての貴公らを退け、今の貴公らと戦えるだけの力ぞ」 これまで、赤の後継者達を幾度となく圧倒してきた力だ。全力が出せぬ状態ではあるが、それでも互角以上に戦える目算はあった。 「皮肉だな。その力に、我々まで頼る事になろうとは……」 「……何?」 その言葉の意味を、その場にいた誰もが理解出来なかった。 「見せてやろう。完全な我々がその力を手にすればどうなるか。……ヴァーミリオン!」 だが。 次の瞬間、誰もが理解した。 「まさか! クロウザ、逃げろッ!」 時既に遅し。 「超獣甲」 赤い甲冑をまとうフォルミカから放たれた深紅の斬撃が、世の中の全てを朱く染め尽くした。 アークウィパスが見渡せる高台に、二つの影があった。 「「……全滅ねぇ」」 手元の宝珠を覗き込み、金髪の美女ははぁとため息を吐く。 一人、ではない。全く同じ動作、全く同じ格好で、二人の美女が並んでいるのだ。 「どうします? もう少し補充しますか?」 美女が今回の攻略で行った召喚の回数は、二人合わせてもわずかに四度。ヴルガリウスやアルジオーペの召喚術も相当なものだったが、目の前の美女達の術はそのレベルをはるかに超えている。 「「ただのリハビリだし、どうでもいいわ。フェーラジンカの暴走は治まったようだけれど、後は貴方達がやってくれるのでしょう?」」 「はい。ヴァーミリオンの超獣甲も問題なく起動しているようです。後は……あ」 その言葉と同時に、アークウィパスの外縁部から放たれた真紅の衝撃波が、アークウィパスの中枢に叩き込まれた。 桁外れの衝撃に、ぐらり、とグルーヴェ最大の要塞が傾ぐ。 「「やってくれたみたいね」」 要塞の内にあった大きな魔力が、急激にしぼんでいくのが解る。 「恐らく、あれで決着がついた事でしょう」 結局保険に頼る事になってしまったが、結果的には問題ない。 封印はついに解かれたのだ。 「「なら、コルベットに戻りましょうか。後は任せるわ」」 残る封印は、あとひとつ。 空中都市、スピラ・カナンだけだ。 もうもうと立ち込める砂煙の中、その場所は混乱の極みにあった。 「な……何が起こったんだ……」 どこからともなく真っ赤な衝撃波が要塞を横斬り、どこかで大爆発が起きたのだ。 「そんなの、分かるわけないじゃないか……」 誰かがレベル3クラスの技を放った、くらいは想像が付くが、それ以上の事は分からない。 「とりあえず、この砂煙を……」 誰かの言葉と同時に一陣の風が吹き、砂煙を吹き散らす。 「な……」 そこで、一同は見た。 アークウィパス外縁から中央本部までを一息につなぐ、巨大な斬撃痕が刻まれているのを。 かつてフェーラジンカが放った『葬角』も相当な物だったが、これはそれを越えている。 「オルタ姫様っ!」 ムディアの悲鳴に、雅華は慌てて声のした方を見る。 「何だって……」 白亜の迷宮の一角。その柱の上に、黒い鎧をまとった騎士の姿がある。 それだけならまだいい。 彼が、気を失ったオルタを小脇に抱えてさえいなければ。 「ここが、本営のようだな?」 「姫様ッ! 貴様ぁ!」 ムディアが自らの鎖を解き放つが、乾燥したアークウィパスでは思ったほどの力を出す事が出来ない。 「返せ、というならば筋違いであろう?」 捕らえようと迫る鎖を片手で防ぎきり、黒鎧の騎士は薄く嗤う。 「こちらこそ我らが王を返して貰うぞ」 その高らかな宣言に、ソカロの感情が爆発した。 「フォルミカぁっ!」 白亜の大地を蹴り、鋭く跳躍。接敵と同時に抜刀し、抜剣速度を斬撃に乗せて叩き付ける。 祖霊使いの最速斬撃だ。常人はおろか、少々の能力者であっても、防ぐ事は出来なかったろう。 「そんな太刀筋で、我々に抗う気か?」 だが、その一撃さえも、黒鎧の騎士は受け止めた。 空中で勢いを殺されたソカロはそのまま失速。蹴打を一撃くらい、地面に叩き落とされる。 「出直してこい。白い騎士よ」 そして、オルタとフォルミカはその場から姿を消すのだった。 |