13.破局連弾 時は、再び会談の時間に戻る。 あまりに一方的に告げられた会談の終了に、オルタは思わず席を立ち上がった。 「中止とは……何故です!?」 終始穏やかだったジンカが、今は爆発しそうな怒りを必死で押し殺している。急な展開に、オルタは間の抜けた問いをする事しかできない。 「殿下、フォルミカという男をご存じか?」 ジンカの問いに、オルタは静かに頷いた。 「ええ。ミクスアップ卿が倒れた後、友人であるヴルガリウスのもとに身を寄せていましたが……それが問題なのですか?」 コルベットの城塞には、議会派から流れてきた兵士も数多くいる。フォルミカはミクスアップの重臣であり、王党派では貴重な獣機使いでもあるが、オルタとしてはフォルミカも議会派の元兵士という認識でしかない。 「それは問題ではござらん」 フォルミカの事はジンカも知っていた。 だが、議会派の残務処理は既に終わっている。ミクスアップの副官の動きは気になってはいたが、オルタの件に比べれば些細な事。王党派の件とまとめて処理できるなら、これ以上物事を荒立てる気などなかったのだ。 先程までは。 「今、アークウィパスが革命派の襲撃を受け、陥とされたという報告がありました」 その言葉に、オルタよりも周囲の武官達がざわめいた。 「アークウィパスが!?」 「……陥落まで半日掛からなかったそうだ」 「莫迦な。ミクスアップの獣機軍とて、攻め切れなかったのだぞ……」 アークウィパスはグルヴェア以上の防護を持つ、グルーヴェ軍部の誇る大要塞だ。いかに革命派に軍部出身者が多いとは言え、わずか半日で陥とされるとは……。 「革命派の戦力は、我々の予想を越えるものらしい」 恐るべき事態に、武官達は無言。 「それが……どうして同盟解消に」 大事件なのは分かる。だが、それと同盟が解消される事の繋がりが全く見えない。 むしろ、こんな時こそ同盟を結び、共に革命派を平定するべきだろうに。 「そこで見つかった革命派の書簡から、革命派とオルタ様が同盟関係にあるという証拠が見つかったそうです」 「……そんな!」 放たれた言葉に絶句したのはオルタだけではなく、彼女の側近達もだった。 「それが一兵士の証言であれば、私も信じはしませんよ」 ジンカは苛ついた様子で立ち上がり、神経質そうに頭を振る。 「ですが、それがフォルミカ卿の携えた密書とあってはね……」 「な……それこそ、ありえないことです!」 今度こそ、オルタ達は言葉を失った。 シェルウォード、ただ一人を除いて。 「昨日まで、私達とフォルミカはレヴィーに……」 そう。コルベットに戻る事を阻んだフォルミカを無理矢理眠らせて、彼女達はここまでやってきたのだから。 「レヴィーは中立のはずですが? そうですか、あの武器商人とも繋がりを……」 「それは……」 「もう結構。部下達にも手出しはさせませんから、早々にコルベットにお引き取り下され」 この交渉は決裂だ。 「……殿下。ここは一度、出直しましょう」 諦めの入ったソカロの言葉に、王女は怯えたように振り返る。 「こちらも総員に撤収指示! 王都に戻り、早急に革命派への対策を立てる!」 「はっ!」 既にジンカの中にオルタの存在はない。指示を受けた重臣達も彼女達などいないかのように、次々と天幕から飛び出していく。 「殿下。私の気が変わらない内に、早くお引き取り下され。イシェ、案内を」 ジンカ陣営で最後まで残ったのは、ジンカとクルラコーン、アルジオーペとイシェファゾの四人のみ。 「それとも殿下。このまま捕虜として、グルヴェアにお連れしましょうか!?」 苛立ちも限界に達したのだろう。青年は少女の元に歩み寄り、乱暴に少女の細腕を取り上げた。 「嫌……ッ!」 その腕をオルタが振り解こうとした、刹那。 「が……ッ!」 鮮血が、宙を舞った。 天幕にいる誰もが、言葉を失っていた。 「な……」 宙を舞うのは、真っ赤な血。 「え……っ」 ランプの明かりを弾く、水の煌めきと。 「何……」 軍服に包まれた、男の腕。 (バカな……僕は、まだ何もッ!) 水刃で切断されたジンカの腕を見ながら、ウォードでさえ動きを止めていた。 弾けたのだ。 少年がオルタに『仕掛けた』、水の珠が。 少年の支配下にあったそれが、勝手に。 少年の意志無くしては発動しないそれが、少年の意志から離れて。 (違う……暴走じゃない) グルーヴェにいる後継者で、水を操る聖痕を持つ者はウォードだけだ。魔術やティア・ハートの干渉はなかったし、水の制御は少年のもっとも得意とする所。 児戯にも等しい制御を間違える事など、あるはずがない。 (まさか) たった一つの恐るべき可能性に思い当たり、ウォードの思考は停止する。 (……乗っ取られた?) その時、どさ、と重い物が落ちる音がした。 「閣下! 閣下!」 ヒステリックなアルジオーペの叫び声が、刻の止まった天幕に、再び刻を呼び戻す。 「オルタ……リングッ!」 切断された左肩を押さえて膝を着いたまま、ヘラジカの将軍は血走った瞳で目の前の少女を睨み付ける。 その眼には既に正常な色はない。 「ち……ちが……私……私じゃ……」 「殿下! ここはひとまず、撤退を!」 ジンカの憎悪に打たれたオルタの手を取り、ソカロは天幕から走り出す。それにフィアーノとウォードが続き、最後に天幕を出たコーシェが肩の子猫に呼びかけた。 「ねこさん!」 子猫が宙をくるりと舞えば、一瞬で見上げるほどに巨大な獣が姿を見せる。 「みんな、乗って!」 呆気にとられる周囲を尻目に、一同を乗せた獣の獣機は疾走を開始。 「逃がすな! イシェファゾぉっ!」 それを追撃せんと棍使いの青年も天幕の外へ。 だが、既に相手ははるか彼方。イシェの脚力で追いつける距離ではない。 「……一撃が精一杯か」 だから、イシェファゾは手持ちの棍をくるりと回した。 棍の軌跡に現れるのは、燃える炎の弾丸だ。 「……ナインボール、ってとこだな」 既に弾丸にはイシェの意識が通っている。彼の意のままに陣形を構えた十の弾丸は、九個が先行し、最後の一つがイシェの直前に浮かぶ形。 「行けッ!」 棍を水平に構え、気合と共に残りの一つに突撃を叩き込む。 先行弾の数倍の速さで直線に翔んだ弾丸は、固まって飛ぶ先行する弾丸の群れに鋭く飛び込んだ。 後からの追突で直線飛翔は乱れに乱れ、九個の弾丸は予測不可能な軌道を描いて逃げるコーシェ達に襲いかかる。 「……ちぃっ!」 対するソカロはサーベルを引き抜き、風の刃を叩き込んだ。 が、異能に頼らぬ剣技が異能の力を押し切れるはずがない。炎の弾丸の力をわずかに削いだだけで、風の刃は砕け散る。 (やはり無理か……) 炎は目前。間合は一撃。 その一撃も、砕くに足りぬ。 ならば。 「ウォード!」 ソカロは次の一撃を、前へと放った。 もちろん火炎弾の迎撃の為ではない。 打ち砕かれたのは、目の前に見えた樽の群れ。 「いちいち指示しないで……」 風刃に砕かれ、宙を舞う樽からあふれる赤い水に聖痕の力を叩き込み、ウォードはそこから無数の弾丸を生み出した。 「くれないか!」 うしろに飛んだ赤い弾丸は十の火炎弾に正面からぶつかり、その場で霧となって炸裂する。 「やれやれ……」 獣機に深い霧まで使われては、もはや徒歩のイシェが追跡するのは不可能だ。 この状況で追跡できるのは、有翼種のビーワナくらいだろう。濃い酒の匂いが立ち込めていて、犬族の嗅覚もアテにならない。 「なあ、獣機隊の追撃用意は?」 仕方ないので周囲の兵に声を掛け、追撃の状況だけ聞いておく事にする。 「それが……変な鎖に絡め取られて、動きが取れないんだってよ」 「……伏兵か。逃げる用意も完璧、ね」 赤い霧の中、イシェファゾは静かにそう呟くのだった。 |