連作[5/6] [2012/06/12] 「だから、あんな値段じゃ売らないって言ってるでしょ」 金属製の床を歩きながら、彼女は小さくぼやいてみせる。 「……最初の頃よりははるかにマシな値段だったじゃないですか」 流石に宇宙に限りなく近い場所。 地方コロニーの小都市に比べて、話す剣たる僕の価値を見いだす所も増えてきていた。初めて値付けしてもらった老人達の所の話とは裏腹に、ちょっとした屋敷くらいなら買える値段を提示してくる好事家もいたくらいだ。 なのに、少女は僕を手放そうとしない。 「だって、あんな値段付けてくれるんなら、もっと良い値段を付けてくれる所もありそうじゃない?」 「…………最初と言ってる事が違うんですが」 そのくせ相変わらず僕の扱いは乱暴だし、僕としてはさっさと手放して欲しい気持ちは変わらない。 むしろその気持ちはどんどん強くなってるのに……。 「おのぼりさんだから、足元見られてるのよきっと」 彼女ときたら、変な具合に気持ちが歪み始めてる。 「……売るのか売らないのか、ハッキリしてくださいよ」 「分かったわよ。そこまで売って欲しいんなら、次の店で売るわよ。それでいい?」 「いいですよ」 やれやれ。 ようやく僕も、この乱暴な主とおさらば出来るらしい。 願わくば。 少しでも僕に良い値が付いて、彼女が良い剣を買えますように。 「売った」 「やすっ!」 その店で提示された値段は、最初の老人達の提示した値段の半額だった。 けど、彼女は男の提示額を聞き終わるよりも早く即答してみせる。 「あ、あの、これだったらさっきの店に戻った方が良くないですか? だいぶマシな値段付けしてくれましたよ?」 さっきの店ならすぐ近くだし。 そっちの方が彼女も儲かるし、僕も魔法の剣である誇りが保ててみんな幸せだと思うんですけど……! 「喋るだけの魔法の剣って、あんま引き合いないんだよねー。そんな値段じゃ絶対に売れないって。ホントにそんな額、言われたの?」 男はへらへらと笑いながら、そんな事を言ってくる。 態度も悪いし、ホントにさっきの店に戻った方が……! 「いい。売った。……代わりになんか良さそうな武器ない?」 「お客さん。だったらこのスコップどうですか?」 「……スコップ?」 おいおい。 彼女は武器が欲しいって言ったんだぞ。せめて、この魔法の剣たる僕の代わりとして釣り合う程度の武器でないと……。 「かつて地上で戦争があった頃、たった一人、スコップ一本で敵の大軍を退けた侍がいたそうで……」 「ああそれ知ってる。スコップ侍だよね?」 何代か前の主の時、その噂は聞いた事がある。 そういえばスコップは、土を掘るだけじゃなくて塹壕戦では武器としても使われたんだっけ。 「彼の愛用したスコップだそうですよ。今ならお安くしときますよお嬢さん!」 けどいくら伝説のスコップとはいえ、流石に一流の剣士である彼女の武器としては不釣り合いに過ぎ……。 「買った」 「はや!」 「あの、ちょっと、それ剣ですら無いですよ! まだ僕の方がマシじゃないんですかっ! 格上とか格下とかそういうレベルですらないですよ!」 というか、僕はスコップ以下か! 「いいわよスコップで。売れだの売るなだのやかましくない分そっちのほうがまだマシだわ」 男が提示した額は、ちょうど僕の買い取り額と同じ。 確かに価格面だけで言えば、僕と釣り合いの取れる武器を手に入れたわけだ。彼女は。 「じゃあね。おしゃべりな剣さん」 それからしばらくの時が過ぎて。 「これなんですよ。喋るだけの魔法の剣なんですけど、お客様達みたいな業界のかたには引き合いが多くてねー」 へらへら笑いの男が差し出したのは、当然ながら鞘に収められた僕だった。 僕を彼女から買い取った時には、引き合いなんてないって言ってたくせに……とんだダブルスタンダードもあったもんだ。 「この値段? 確かに宇宙船での話し相手には良さそうだけど、もうちょっと安くならない?」 そこで提示された金額に、人間の女性と女性型ロボットの二人組は、露骨に顔をしかめてみせる。 彼女達はこの骨董品屋に、この時代では珍しい油絵を売りに来たんだけど……その買い取り金額と同じなら、それは微妙な表情をするだろう。 「…………てか、喋らないんだけどこいつ」 「喋りますよ。ほら、なんか喋ってみて。喋りなさいよ」 コンコンと軽く叩かれて、僕は億劫だったけども喋ってみせる事にした。 この男が嘘つき呼ばわりされるのは別にどうでも良かったけど、この魔法の剣たる僕が偽物呼ばわりされるのは気に入らなかったからだ。 「……僕が買われた値段、この値段の十分の一以下ですよ」 「ちょっ!」 男は顔色を変えてみせるけど、知った事じゃない。 僕は事実を言ったまでだ。 「なるほど。なら、もう少し安くしてもらえますよね?」 お題:『ダブルスタンダード』『おのぼりさん』『格上』 |