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sun-day stories
連作[3/6]

[2012/06/12]


『オービタル6、接岸申請承認。百三番ポートへどうぞ』
 真空の闇に、人の声は届かない。
 互いの声を伝えるのは、真空をも徹す電磁波だ。
「オービタル6、承認受諾」
 はるか彼方から波となって投げられた声を機械を介して受け取ってり、宇宙艇の操縦席に腰を下ろした少女は小さく息を吐く。
 ひとまずは、任務完了だ。
「承認は?」
 やがて圧搾空気の抜ける軽い音がして、奥の居住スペースから流れてきた相棒が声を掛けてきた。
「承認出たけど……」
 相棒は、長い黒髪を手早くまとめながら、慣れた調子で自身の席へ。
「…………」
 だが、さして広くも無い居住スペースから流れてきたのは、相棒だけではなかった。
 少女のさして多くない語彙では表現しがたい独特の匂いは……。
「……また絵、書いてたの?」
「いいじゃんか、趣味なんだから」
 数ヶ月に及ぶ宇宙船での旅においての最大の敵は何かなど、言うまでもないだろう。
 大型艦ならコールドスリープでどうにでもなる事なのだろうが、残念ながら少女達の乗る小型船にはそんなスペースも人員の余裕もあるはずがない。
 それが故に、最大の敵に抗う術として絵を嗜む者は、この業界では少なく無いのだった。
「せめてあの匂い、何とかしてよ」
「やぁよ。あの匂いがいいんじゃない。テレピン油だって天然物よ?」
 もちろん絵を描くと言っても艦のシステムの余力を使って済ませる者が大半で、黒髪の相棒のように本格的に画材まで持ち込む者は、限りなく少数派だったけれど。
「で、承認は出たの?」
「出たってば。後は……」
 現在、彼女達の小型宇宙艇は停止状態にある。
 慣性による、推進源を用いない移動状態ではない。
 完全な、停止状態だ。
「……宇宙渋滞か」
 オービタル6の前に連なるのは、無数の宇宙船の列。
 海や空と同じく何の制約も束縛も無いように見える広大な宇宙においても、宇宙船には航路という見えない束縛が施される。
 いつの時代、いつの乗り物となっても、それは何ら変わりないのであった。
「何十時間かかるかねぇ……」
 もっとも、それが故に、入港間近の繁忙時間だというのに居住スペースでのんびりしている……といったような事が出来たのではあるが。
 黒髪をまとめ終え、コンソールの通信チャンネルを共有帯域へ。
『この渋滞、たまんねえよな……』
『……誰かエーテル余ってませんかー? ギリギリで出港しちゃって……』
『…………! …………!』
「……やった! いた!」
 様々な通信が飛び交う中に、目当てのものを見つけて絞り込み。
 狭い艦橋に響く声は……。
『いーしやーきいもーーーーーーー』
「……また宇宙石焼き芋?」
「好物なんだよ」
 少女の冷たい視線を気付かぬふりで、絞り込んだ帯域に割り込みを掛ける。
「そこの石焼き芋屋! 芋はどこの! 天然?」
『ウチの芋は地表産だよ! 人工農場産とはひと味もふた味も違うよ!』
「よし買った!」
 喜々としてエアロックの起動準備を始める相棒に、少女は小さくため息を一つ。
「アンタ、食べるだろ?」
「……食べるけどさ」
 黒髪の相棒はパイロットとしては優秀なのに、どうして画材といい、石焼き芋といい、天然にこだわるのか。
 そもそも居住スペースにだって用はないはずなのだ。
「なんでロボットなのに、そういうの好きなのアンタは」


お題:『焼き芋』『天然』『油絵』



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