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sun-day stories
連作[1/6]

[2012/06/12]


「……悪気は無かったって言っただろう」
 そのひと言が失敗だったと気付いたのは、言葉を口にしてからだった。
「それくらい分かってるわよ!」
 安酒場に響くのは、こんな場末の店にしては分厚いテーブルを力任せにぶっ叩いた打撃音。
 卓の上に乗っていた食器がガチャリと揺れて、僕は内心ヒヤヒヤしながらエールのジョッキが宙に浮かぶのを見つめるだけだ。
 幸いジョッキは卓に転がる事もなく、宙に浮かぶ前と同じ姿勢で卓に着地し、ゆらゆらと水面を揺らすだけ。
「……大丈夫かい?」
 目の前にあるのは、怒りではなく痛みでその身をうずくまらせている、娘の姿。
「大丈夫なわけ……ないでしょぉ……」
 剣を振えば大陸一とまではいかないけれど、それでもこの辺りでは名の知られた剣士の彼女だ。
 そんな彼女が……。
「……何笑ってるのよ」
 涙目を浮かべてこちらを睨み付けているのが、何だかおかしくて。
「何で笑ってるって分かるの」
「……なんとなくよ」
 勘なのか、僕の言葉尻を捉えたのか。
 いずれにしても、僕に「笑ってる」なんて表現を使うのは彼女くらいだろう。
「そもそもこうなったのも、アンタの所為でしょ。どう責任取ってくれるのよ」
「責任と言われましても……」
 彼女が恨めしげに視線を向けるのは、当事者たる僕じゃない。
 彼女の傍らに立てかけられた、一振りの剣。
 ただし、その鞘の中身は空っぽだ。
 肝心の刃は、今回の依頼の最中に真っ二つに折れて、今頃は谷の底に沈んでいるはずだった。
「弁償しようにも、僕にはお金がない」
「見りゃ分かるわよ」
 無い袖は振れぬなどと、東方のことわざではあるけれど、僕にとっては文字通り。
「君の護衛の任務は果たされたんだし……その剣も、見た感じ相当の骨董品じゃないか」
 よく一流の剣客は得物の手入れや選定にも心を配るなんて言うけど、彼女にそれは驚くほどに当てはまらないようだった。
 普段の手入れを怠らなければ、骨董品のその剣ももっと長持ちしただろう。もう少し無茶な使い方を控えただけでも、随分と違っていたはずだ。
「……このミートソースの護衛の代価が剣だなんて、割に合わないわよ」
 さっきの手の痛みも早々に忘れているのか、はたまた拗ねているのか。揺らしたばかりの皿の上で、彼女はフォークをぐるぐる掻き回してる。
「ミートソースじゃないよ。牛だろ、食用牛」
「お腹に入ったらみんな一緒よ」
 そう言いながら、護衛してきた牛の成れの果てたるステーキを、ぱくりとひと口。
 むぐむぐと口を動かす彼女に……。
「……分かったよ」
 僕は、言いたくなかった結論を言うしかないようだった。
「しばらくは僕が君の剣の代わりになるよ」
 牛の護衛で死んでしまった先代の主と、蛮勇を以て自らの愛剣を失うような真似をする彼女と。
 僕にとっては、はたしてどちらが愚かなのか。
「最初からそう言えば良いのよ。喋る剣さん」
 そう。
 僕は剣。
 この大陸でももう数本と残っていない、意思持つ剣。
「……頼むから、無茶振りして折らないでくれよ?」
「責任は取れないけどね」
 嬉しそうにミートソースを頬張る娘に、僕のため息は届いたのだろうか。

 願わくば。

 どうか大きな街に着いたら、とっとと僕を売り払って良い剣を買ってくれますように。


お題:『悪気』『責任』『ミートソース』



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