-Back-

「お昼のニュースの時間です。最初は事故のニュースから。本日午前11時、17ハイ
ウェイで転落事故が起こりました。車には中堅キャバリアーメーカーであるマラカイト重
工の代表取締役、ハル=マラカイト氏とその家族が乗っていたと思われるものの、炭化が
激しく…」
 カーラジオから女性キャスターの声が流れてくる。美人で評判のキャスターだが、その
事は差当ってこの車の男達には関係ないことだった。
「ほほう、事故が起こってから一時間しか経ってないというのに…。この辺のメディア
は優秀だな」
 ハンドルを握っている男の呟きに、助手席に乗っていた男が返事をする。
「ですね。まあ、隠蔽工作は終わってますから」
 どちらの男も流行のスーツに颯爽と身を包み、いかにも営業帰りといった風体だ。言わ
れれば、確かに二人は営業の帰りだった。偽装殺人、という死の営業の。
「でも先輩、この娘、どうするんです?」
 後の席に横たわった子供を指し、助手席の男が再び問いかける。見る者が見れば、マラ
カイト重工の社長令嬢ということがわかるだろう。
「本店から連絡があってな。その娘はこの先のF研に降ろすそうだ」
 F研。その言葉に助手席の男は顔色を変える。今までに無数の暗殺や破壊工作を行なっ
てきた男が…だ。
「あそこ…ですか。後味…悪いですね」
「これも仕事だ。ほら、見えてきたぞ」
 道の向こうの荒野に研究所の屋根が見えてきた。通称F研、正式にはフレスベルク遺伝
学研究所…というその施設。だが、一部の者達には別の名の方が通りがよかった。
 『狂気研究所』というその名が…。


麗女堕天
 ぐすん…ぐすん…  暗く殺風景な部屋。その部屋の中で少女は泣いていた。まだ小学校に入るかどうかといっ た位の年齢である。 「ディーラ、また泣いてるの?」  それよりもう少し年上の娘が声をかけた。彼女はイア=ハルプ、10歳。ディーラのルー ムメイトであり、姉代わりの少女である。 「イアちゃん…。あたし、もう嫌だよぅ」  ディーラはイアにすがりつき、泣きじゃくる。  ここ…フレスベルク遺伝学研究所…での生活は地獄だった。いや、地獄の方が幾分かま しかもしれない。『試験』、『調査』、そういった大義名分のオブラートに包まれた、動 物実験以下の『実験』。そして、遺伝子組み替えで初めからB型攻性兵士として生まれた イアと違い、薬品や精神暗示などの強化改造でB型攻性兵士となっているディーラにはさ らに厳しい実験が待ち受けていた。 「ジリオも、ゼクーニャも、ウィスもみんな死んじゃった。もう…嫌なの…」  三人ともディーラのように薬品と精神暗示で改造されたタイプのB型攻性兵士候補の名 だ。だが、三人ともすでにいない。苛酷な実験に耐え切れずに精神を崩壊させ、『処分』 されたのだ。 「ディーラ……。逃げよう」  ディーラを抱き締めて、イアは彼女の耳元でそう呟く。盗聴されているから、大きな声 では言えない。 「明日は実験用の新しいカルナックが届く。あれを使えば、きっと逃げられるよ」  二人は実験の一環としてキャバリアーの操縦技術を刷り込まれている。カルナッククラ スのキャバリアーなら手足のように扱う自信があった。 「うん…お姉ちゃん……」 「だから、ほら。もう泣かないで…。ね…」  イアはそう言ってディーラの唇に自分の唇を重ねる。ディーラが彼女を姉のように慕う もう一つの理由が、そこにあった。  次の日。 「生体レベル、精神グラフ、共に安定しています。ですが、相変わらずそう優れた戦闘 レベルではありませんね…」  窓の向こうで模擬戦を行なっている2機のカルナックを見ながらオペレーターが報告を よこす。 「こちらにもデータは入っている。いちいち報告するな。うっとうしい」  神経質そうな眼鏡の男がオペレーターにそう返した。彼がここの責任者の『教授』だ。 「4号と9号、4号の方が幾らか優れているようだな」  4号はイア、9号はディーラの事。彼は少女達の事を実験動物としてしか思っていない。 番号で呼ぶのはその端的なあらわれだ。 「…弾薬が尽きたようだな。戻らせろ」 「4号、9号、一時帰投しろ。カルナックの補給を行なう」  オペレーターがカルナックの二人に指令を送る。 「教授、B型というのは一体どういう物なんでしょうな。H型のような際立った能力も なく、戦闘レベルも遥かに劣る…」  後にいたもう一人の男が口を開いた。彼は今日カルナックを運んできた『助教授』。こ この副責任者だ。 「わからん。だがエルーリンクで必死に開発しているという事は、何らかの特性がある のだろう。それを解明するのも、我々の仕事だ」  『教授』はほんの少しずれた眼鏡を腹立たしそうに直しながら、言った。 「あの実験体どもを解剖してでもな」 「次の出撃で、行くよ」  イアがボトルのストローに口をつけたまま、そう呟いた。あたりには多くの作業員が試 験用カルナックの調整を行なっていて騒がしい為、二人の会話が聞かれる心配はない。  今度のカルナックは新型のビームライフルを携行したタイプだった。機動力もそれほど 悪くないし、自分達の操縦技術をもってすれば十分に逃げられるだろう。 「うん。絶対成功させようね」  明るい表情を見せるディーラ。 「補給が終わったぞ。次の演習を開始する。乗れ」  そこに『教授』の放送が入る。 「じゃ、これ、成功のお守り。交換しよう」  イアはディーラに自分のペンダントを渡した。ディーラもにっこりと笑うと、自分のペ ンダントを渡す。 「わかった。じゃ、また後でね」 「データは相変わらずだな」 「ああ。…ん?」  カルナックの動きが変わった。 「カルナック、スラスター点火! 研究所を離れようとして…」 「うるさい! 見ればわかる! 早く連れ戻せ! 警備のカルナック隊を出撃させ ろ!」  オペレーターの報告をヒステリックな怒声で遮りつつ、助教授が指令を下す。だが、そ れを冷静に見ていた教授は別の命令を与えた。 「いや、一機は撃墜しても構わん」  教授はサディスティックな笑みを浮かべて、呟く。 「あいつらにはいい薬だ」 「イアちゃん! カルナックだ! 機数は…13機!」  通信用ディスプレイの中のイアがにっこりと微笑む。ディーラを安心させてくれる、そ んな笑みだ。 「大丈夫。ディーラ、ビームライフルの用意は出来てる?」 「うん…。大丈夫だよ」 「とりあえず逃げられる所まで逃げましょう。迎撃するのはそれからでもいいわ」  二人はカルナックのスピードをさらに上げた。 「目標、射程距離に入りました。隊長、攻撃しますか?」 「ああ。だが、コロニー内だからな。あまり乱暴なことはするなよ」 「了解! 小隊、散開し、任意に攻撃を開始しろ!」  13機のカルナックはその指令を受け、独自に攻撃を開始した。 「イアちゃん、射ってきたよ! どうする?」  レーザーのかすった衝撃がディーラの体を揺する。致命傷になる命中はないが、それが 致命傷になるのも時間の問題だろう。 「しょうがないわね。ここで迎撃しましょう!」  イアはカルナックを方向転換させ、ライフルを射ち始めた。ディーラもそれに従い、ラ イフルを連射する。二人の正確な射撃は敵のカルナックを1機、また1機と落としていく。 「隊長! もう6機が!」  部下の悲鳴が聞こえてきた。それはそうであろう。 「さすが強化兵士といったところか。子供相手と油断したな…」  軍隊出身の隊長はにやりと笑うと、命令を下す。 「各機、フォーメーション! 子供とは言え容赦するんじゃないぞ、本気で行け!」 「イ、イアちゃん!」  今度はディーラ達が悲鳴を上げる番だった。さっきまで当たっていた攻撃が全く当たら ない。たまに当たっても、対光学フィールドを張った機体に遮られる。そのくせ敵の攻撃 は着実にこちらの装甲を削っていく。 「ディーラ、こっちはもうダメ! あなただけでも逃げなさい!」  ディーラはさらに悲鳴を上げる。 「嫌! イアちゃんと一緒じゃなきゃ!」  半泣きのその声に、イアは淋しそうに笑う。 「こっちはもうスラスターも直撃を受けたから…これ以上逃げられないわ」  通信用ディスプレイにノイズが走る。機動力を失ったイアのカルナックが直撃を受けて いるのだろう。 「もう少しディーラと一緒に居たかったけど…」  メインモニターに写るカルナックの腕が、脚が次々と飛ばされていく。 「ゴメン…ね」  爆散。  そして、通信用ディスプレイは二度と少女の姿を映すことはなかった。 「やっと一機落としたか…」  隊長はほっとしたように呟いた。彼女たちは攻性兵士の中でも弱いほうだという。だが、 出来る事ならこんな手合いは二度と相手にしたくなかった。 「残りは連行しろとの命令がありましたが…」 「ああ。動きを止めているようだな。今のうちに連行しろ」 「りょうか…うわぁっ!」  返事を返そうとした僚機の反応が、生き残った機体の反応が、次々と途絶えていく。 「な…!」  警備隊隊長が最後に見たものは、血のような深紅の光を放つ鋼鉄の悪魔の姿だった。 「そろそろ戻る頃か」 「ええ。警備隊長のラディザは正式な訓練を受けた軍人ですし、いくら攻性兵士が相手 でも、負けはしないでしょう」 「レーダーに反応。カルナックです」  そんな事を話していると、オペレーターが報告をしてくる。 「何機だ? ラディザ達だろうな」 「それが…一機しか…。え? 嘘だろ! 速いっ!」 「……死んじゃえ」  少女は狂気に彩られた笑みを浮かべながら、ビームライフルの引き金を引いた。  のちに『スターバスター』と称される攻撃。それに匹敵する程の莫大なエネルギーの奔 流がディーラのカルナックとフレスベルク研究所をつなぐ。 「あれは…9ご…」  『教授』はB型攻性兵士の真の正体を知らないまま、その体の構成物を、炭素分子から プラズマの粒子へと昇華させていった。 「イアちゃんのばか…」  ジェネレーターの停止したカルナックのコックピットの中で、ディーラは泣きじゃくっ ていた。 「一緒に脱出しようねって…言ったのに」  にっこりと笑う姉の顔が脳裏に浮かぶ。だが、それと共にもう一つ、姉の残した言葉が 浮かんできた。  『ディーラ、もしあたしが死んじゃっても、絶対に一緒に死のうなんて思っちゃダメだ からね!』  その言葉とともに彼女の体の温もりを思い出す。 「うん…。わかったよ。イアちゃん」  カルナックのジェネレーターを始動させる。しばらくすると、ジェネレーターの動く軽 い音が響いてきた。 「私は死なない。絶対に死なないからね」  ディーラは虚空に向かってそう呟いた。その澄んだ瞳に血の涙を滲ませたままで。

< 単発小説 >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai