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麗女舞踏

 人間工学に基づいて組み上げられた端末装置に、細く長い指が踊る。
 「必要なのは、DRCに関連するデータで…最後ですわね」
 ディスプレイに映し出された無数の重要気密を無造作にディスクへとコピーしてい
くのは、一人の美女。
 慣れた手つきでデータをコピーし終わったディスクを抜き取り、重要データへアク
セスしたあらゆる形跡をダミーのデータへと書き替えていく。
 「後、は……」
 美女はふと手を停めた。そこに映っているのは、一人の少女のプロフィール。青年
や中年男性のものにに交じって映し出されているそれは、サイレントフェアリー隊の
パイロット一覧のうちの一ページだ。
 「可能ならDRCメンバーの捕獲……と」
 それだけ呟くと、美女はセキュリティ厳重で知られるエルーリンク社のコンピュー
タールームを悠々と後にした。



 「ふぅ……。こんなものかしらね」
 セレスティナ=ローランドはジョギングしていた足を止めると、首に掛けたタオル
で額の汗を拭った。ついでに少し弛んだジョギングシューズの紐を結び直そうと、身
を屈める。
 と、そんなティナに穏やかな声が掛けられた。
 「あの…セレスティナ=ローランド…さん?」
 「ええ。そうですけど…何か?」
 見上げると、そこには赤いスーツに身を包んだ女性が一人。同性のティナから見て
も美人と見える、そんな女性だ。
 「私、デッドシャッフルのディーラ=マラカイトと申しますの。短い間ですけれ
ど……よろしくお願いいたしますわ」
 「!!!」
 美女…ディーラは瞬時に間合を詰めると、しゃがんでいたため対応の遅れたティナ
の首に手刀を叩き込む。
 「……とりあえず、任務完了ですけれど…」
 崩れ落ちたティナの体を優しく抱きとめると、ディーラは優しい笑みを見せ、ティ
ナの頬にそっと唇を押しつけた。



 「ん………?」
 ティナはゆっくりと瞳を開いた。
 「ここ…どこだろう?」
 どうやらベッドの中にいるらしいが、羽毛のたっぷりと詰まった柔らかいベッドも、
趣味のいい調度品も全く見覚えがない。
 「ここはディサーション。私の私艇ですわ」
 唐突に掛けられた声に、ティナは一瞬驚く。が、すぐにそちらの方へと顔を向けた。
 一人の美しい女性がドアに身をもたれ掛けさせている。その美女を見た瞬間、ティ
ナの脳裏に気を失うまでの記憶が戻ってきた。
 「あなた! あたしなんかさらって何をするつもり!!!」
 「何って? お仕事ですわ」
 ティナの問いににっこりと微笑む美女…確か、ディーラとか言ったはずだ…。その
警戒心を感じさせない笑顔に、さすがのティナも毒気を抜かれてしまう。
 「そう言えば…デッドシャッフルとか言ってたわね…。じゃ、あなたはそこの工作
員なのか…」
 「まあ、あそこの工作員はバイトなのですけれど……貴女には大して変わりません
わね」
 ディーラはドアを閉めると、ティナの傍に腰を下ろした。全く無警戒な動きだが、
ティナには為すすべはないだろう。十分以上に実戦慣れしているらしいディーラを相
手に、下手な行動は命取りとなる。
 と、唐突に小さな電子音が響いた。
 「…あら、定時通信の時間ですわね。それでは、また後でまいりますわ。…ああ、
監視装置なんて野暮な物は付けていませんから、楽にしていて構いませんわよ」
 残念そうに呟くと、ディーラはそのまま部屋を出ていってしまう。廊下には絨毯で
も敷かれているのか、足音はほとんどしない。その小さな足音も去った後。
 「あーあ。捕虜…かぁ……」
 天然木材の張られた天井を見上げながら、ティナはそれだけを呟いた。


 「ディーラさん。首尾は上々のようですね」
 操縦室のスピーカーから男の声が聞こえてきた。だが、その顔が映し出されるはず
のディスプレイには何も映ってはいない。
 わざと切られているのだ。ディーラの手で。
 「……それで? 用はそれだけですの?」
 ディーラの声は普段と変わらない。だが、明らかに刺を含んだ喋り方。
 「で、本部には伝えなくてもいいんですか?」
 「…この宙域ではすぐに傍受されてしまいますわよ」
 だからこの定時通信も無線ではなく、有線通信を使っているのだ。すぐ外に見える
のが、通信相手の艦である。
 「じ、じゃあ、せめて捕虜だけでもこっちに移したほうがよくないですかい?」
 「うふふ。ティナちゃんは私の大事なお客さまですの。用がないのなら、通信を終
わりますわよ」
 連中がティナを欲しがる魂胆などとっくにばれている。それに、連中の艦よりも
ディサーションの方が性能は遥かに上なのだ。
 「へいへい。じゃ、これで定時通信は終わりにしますぜ」
 スピーカーの上に灯っていた通信中のランプが消える。同時に、ディサーションに
並んでいた作戦艦が離れていく。DSから作戦行動用に貸された、工作員達が乗って
いる艦だ。
 「……デッドシャッフルにも大した人材はいませんのね。あんな役立たずを山ほど
貸されるくらいなら、最初から一人でやる方がましですわ…」
 ディーラはそれだけ言うと、ディサーションを予定の航路から離し始めた。


 数日後。
 「ふぅ……」
 ティナは宇宙服のヘルメットを外すと、大きなため息をついた。
 「お気に召してかしら?」
 ここはディサーションのエアロック。二人は運動をするために、艦の外に出ていた
のである。体の事を気にするのは、誰でも同じ…という訳だ。
 「けど、こんなによくしてもらっちゃっていいの? あたし、捕虜なんでしょ?」
 ディサーションの生活はとくに不自由するものではなかった。部屋も食事も上等な
ものだったし、ロックされている操縦席を除けば、部屋も自由に出入りして構わない
と言われている。実際、ティナ本人も捕虜という感覚を忘れつつあった。
 「そういえば、そうでしたわね」
 そう言われてディーラもくすくすと笑う。彼女もティナの事を気に掛けてくれ、定
時通信以外の時間のほとんどはティナの相手をしてくれていたのだ。
 と、ディーラが笑顔から急に真顔になる。
 「けれど、もう何日かでDSの本拠地に着きますの。そろそろ身の振り方を考えて
おいたほうがよろしくてよ?」
 「身の振り方?」
 ティナの問いに、ディーラはそっと首肯いた。


 ここはティナの部屋。
 「じゃあ、脱走しろって事?」
 「ええ。私の仕事は貴女の捕獲まで。本当は捕まえた後は本隊のむさ苦しい男ども
にティナちゃんを引き渡す予定でしたの。まあ、そうなったらどうなるか……分かり
ますわよね?」
 その事態を想像して、身震いするティナ。ディーラはそんなティナをそっと抱きし
める。
 「とりあえず今までは何とか出来ましたけれど……さすがにこれ以上は私にもどう
にもなりませんもの」
 とは言え、これまでもかなり無理矢理にティナをこちらに置いていたのだ。だが、
それも自分より影響力の大きい人間がいないから出来た事なのであって、本部に戻れ
ばそんな無理が出来ようはずもない。
 「けど、ここまでしてくれて…本当にいいの? ディーラさんだって立場があるん
じゃないの?」
 「うふふ。前にも言ったでしょう? 私の仕事はもう終わってるんですもの。これ
は、ティナちゃんが可愛いからやってるだけですのよ」
 ティナを抱き締めたまま、耳元で囁く。
 「じゃあ、せめて何かあたしに出来ることないかな? やっぱり、お礼か何かした
いし…」
 「そう……。それじゃあ、一つだけ…私のお願い、聞いて下さるかしら?」


 「ン……」
 ベッドの上で、甘い声を上げるティナ。ディーラと抱き合ったまま、舌をゆっくり
と絡み合わせる。
 ディーラが要求したのは、ティナを抱く事だった。躊躇するティナを見てディーラ
も無理にとは言わなかったが、ティナは結局その要求を受け入れたのである。
 「うふふ。ティナちゃん、とっても可愛いですわ」
 「やだ、恥ずかしい…」
 「けれど、シャワーを浴びている時は私がいてもそんな事おっしゃいませんわよね
?」
 先程シャワーを浴びた時にはディーラも一緒にいた。けれども、ティナはそんな事
は一言も言っていない。
 「それとこれとは話が……あン!」
 と、ディーラの指がティナの恥部にそっと押しつけられた。そのままディーラはそ
の指を、ティナの目の前で開いてみせる。
 「ほら、こんなに濡れて……。初めてとは思えないくらいに……ふふっ」
 「や…やぁぁ……」
 ティナの瞳に浮かんだ涙を、そっと舐め取るディーラ。そのままティナの耳元で、
呪文のように言葉をかける。
 「でも、いいんですのよ。私、ティナちゃんがそんなに感じてくれて、とっても嬉
しいんですもの……」
 自分が淫らな証明を突き付けられてショックを受けているティナの心を、ディーラ
の言葉が優しく溶かしていく。
 「あらあら、ここもこんなに硬くなって……。何て可愛いのかしら…」
 ティナをゆっくりとベッドの上に横たえさせながら、彼女の乳首にそっと舌を這わ
せる。
 「あ…あふ…は…はぁ…はぁ…」
 硬くなった乳首に時には優しく、また時には軽く歯を立てるディーラ。そういう事
が初めてのティナは、ただ荒い息を吐くのみだ。
 「は…あっ! そこ…そこは…ダ…ダメ……」
 股間に降りてきたディーラの頭を、力の入らない手で押さえようとするティナ。だ
が、ディーラはその手をそっと横へとそらし、ティナの股間へと顔を埋める。
 「そっか……。ティナちゃん、本当に初めてだったのですわね。だったら、ここは
大事な殿方の為に気を付けておかないと……」
 ディーラはにっこりと微笑むと、初めての処を破ってしまわないよう、ティナのご
く浅い所だけに舌を這わせ始めた。
 「あ…あ…はぁ…ン…ンン……………っ」
 経験豊富なディーラの巧みな技に、ティナの体はされるがままだ。顔を上気させ、
体を汗でじっとりと滲ませるだけ。
 「あ、そんなの…い…入れちゃ…ダメぇっ!」
 さらに挿入されたディーラの指が、ティナの浅い所で激しく動き始める。
 「けど、ティナちゃん、すごく気持ち良さそうに見えますわよ? ほら」
 「あ…あ…あ……あああぁぁぁっ!」
 そして、ティナの体が一瞬だけ硬くなったかと思うと…そのまま死んだようにぐっ
たりとなった。
 「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」
 「うふふ……。最後はちょっと激しかった…かしら?」
 ティナの上げる荒い息を聞きながら、ディーラはうっとりと目を細めていた。


 「では、作戦は失敗……という事かね?」
 「ええ。追撃を掛けられた作戦艦『フィロブラスト』は数時間前に爆沈、生存者は
不明。捕虜はDRCの追撃部隊に奪還された様ですわ。現在、私の『ディサーショ
ン』は戦域を全力離脱中……。状況は以上ですわ」
 ディーラは通信機に向かってそう声をかける。相手の顔は向こうから遮断されて分
からない。分かっているのは、相手がクルーガ=バルネックという男であろう…とい
う事のみ。
 「……まあ、済んでしまった事は仕方がない。それに、『フィロブラスト』の護衛
を頼まなかった私にも責はある。…そうだ、肝心のデータの方はどうかね?」
 「そちらは私が持っていますわ。しばらくほとぼりを覚まして…来月あたりにそち
らにお持ちしますわね」
 「そうか。期待している」
 その言葉で通信は途切れた。通信状態を示すランプが、ふっと消える。
 「ふぅ。これで帰れますわね、ティナちゃん」
 ディーラがドアの方に向かって声をかけると、ドアが開いて一人の少女が入ってき
た。入ってきたのは勿論、DRCの追撃部隊に奪還されたはずの、セレスティナ=
ローランドだ。
 だが、その表情は少しだけ硬い。
 「ディーラさん……。あの人達、あなたの味方じゃなかったの?」
 ティナが指しているのは、フィロブラストの乗組員の事。数時間前に、ディーラの
キャバリアーによって撃沈された作戦艦の事だ。
 「味方なんかじゃありませんわ。あれはただの『同業者』というだけ。それに、私
の邪魔をする者は全て敵ですのよ。敵を排除するのは当然じゃあ無くて?」
 フィロブラストを落とした事に何の感慨も抱いていないらしい。ディーラの口調は
いつもと全く変わっていなかった。
 「じゃあ、あたしがディーラさんの邪魔をしたら…?」
 「ティナちゃん達のような可愛い娘とは……出来るだけ戦いたくありませんわね…」
 相変わらず硬い表情のティナに、ディーラはくすくすと笑う。これも、いつもと同
じ。
 「ティナちゃんは私のような人間になってはいけませんわよ? 少なくとも、こち
ら側の人間にはね…」
 だが、最後の一言だけは少しだけいつもの彼女とは違うようにティナには思えた。


 セレスティナ=ローランドがエルーリンク社に無事帰還し、DRCに復帰するのは
これから数日後になる。
 そして、謎の美女・ディーラ=マラカイトと再開するのはさらに後、彼女と最も会
いたくない場所となる事を、今の彼女が知る由もなかった。

< 単発小説 >



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