-Back-

 あたしがこの村に戻ってきて、一週間が過ぎた。
 ちっちゃな頃に過ごしてた、懐かしい村。みんなで遊んだ森の広場も、綺麗な服が
飾ってある雑貨屋さんも、あたしが旅に出る前とちっとも変わってなかった。
 だからかな。あたしがまた、旅に出ようと思ったのは。
 その事をレベッカ姉さんやビュート伯父さんに話したら、『少しもじっとしてられ
ない所なんてエミィにそっくりだ』って笑われたっけ。この二人は赤ちゃんの頃のエ
ミィまで知ってる人達だから、多分そうなんだろう。
 そして、あたしは旅立ちの支度を始めた。あたしも朱鳥も子供の頃からこういう事
は慣れてるから、特に急がなくても半日もあれば全ての支度は済んでしまう。
 だけど、あたしは旅立たなかった。ううん、旅立てなかった。
 最後の旅立ちの支度が残ってたから。
 一番大事な事が。
 今度はちゃんと言わなきゃいけない。
 大好きなあの人に、「行ってきます」って。
 もしかしたら寂しくなって泣いちゃうかも知れないけど。嫌われちゃうかも知れな
いけど。
 それでも、大切なあの子に心配をかけたくないから。
 大好きな、サフィーちゃんに。



番外編・凪
−Na Gi−



 「そっか……。もう行っちゃうんだ……」
 ユイカの話を最後まで聞いたサフィーが洩らしたのは、そんな一言だった。
 「寂しく……なっちゃうね」
 「……うん」
 「今度はどの位で戻ってこれるの?」
 「……下の世界に降りようと思ってるから、一年くらい……かな」
 「一年かぁ……。怪我とか、しないようにね」
 「……うん。朱鳥もいてくれるし、大丈夫だよ」
 綺麗に片付けられたサフィーの部屋に、サフィーとユイカの途切れ途切れの会話が
流れていく。普段ならもっといろんな話で盛り上がるはずなのに、今日だけは一向に
そんな雰囲気にならない。
 「朱鳥ちゃんがちょっと……うらやましいな」
 ユイカの分身である少女の姿を思い出し、サフィーはぽつりと呟く。
 「うらやましい?」
 「だって、朱鳥ちゃんなら、ずっとユイカちゃんの傍にいられるもの……」
 サフィーはベッドに腰掛けているユイカを、正面から覗き込むように見つめた。ユ
イカの大きめの瞳に、サフィーの寂しげな表情が一杯に映し出される。
 「だったらさ、サフィーちゃんも一緒に行かない? 旅は多い方が楽しいしさ……」
 だが、サフィーはゆっくりと首を横に振る。
 「私じゃユイカちゃんの足手纏いになっちゃうもの。一緒には行けないよ」
 「そんな事ないよ。サフィーちゃんがいてくれ……」
 と、サフィーはユイカの唇をそっと塞いだ。暖かく、そしてあくまでも優しくユイ
カの言葉を封じる、サフィーの唇。
 そうしないと、ユイカの誘惑に負けてしまいそうになるから。
 「私……ユイカちゃんの事が大好きだから……。あたしのせいでユイカちゃんに何
かあったら、耐えられないもの」
 冒険者であるユイカやスタックの話を聞いていると、ろくに護身術も使えないサ
フィーではユイカ達の力にはとてもなれそうになかった。ユイカの帰りを待ちわびる
ような事は嫌だったが、ユイカの足を引っ張るような事はもっとしたくなかったのだ。
 「ユイカちゃん。私ね、ユイカちゃんに一つだけお願いがあるの……」
 しかし、今度はサフィーの唇が塞がれてしまう。
 ユイカの、唇によって。
 サフィーの想いは、ユイカにも痛い程に伝わっていたから。
 もう、言葉などいらなかった。
 (サフィーちゃん……。あたしも、サフィーちゃんを忘れないようにしたいから……)
 お互いの腕が自然に互いを抱き寄せるように動き、そのままゆっくりとベッドへと
倒れこむ。
 (ユイカちゃん……。私も、いつでもユイカちゃんの暖かさを思い出せるように……)
 サフィーの口の中に、下になって圧迫されたユイカの吐息がふっ……と流れこんだ。


 「ユイカちゃん……どう?」
 サフィーのしなやかな指が、ユイカの裸の肢体をゆっくりとなぞっていく。腕を、
肩を、そしてはだけられて露になった胸を。
 「ン……サフィー……ちゃぁん……。やぁ……くすぐったいよぉ……」
 顔を上気させたユイカは、サフィーのなすがままに首肯いた。指でなぞられただけ、
抱き合っているだけだというのに、どうしてここまで心地いいだろうのか。幾多の冒
険と戦いをくぐり抜けた自分の身体が、この少女の前ではあまりにも頼りなく、無防
備に思えた。
 しかし、彼女の前なら無防備でもいい……とも、思う。
 ユイカの肢体を溶かす、サフィーの指。そして、ユイカの耳元で囁くサフィーの言
葉は、ユイカの強がりな心を優しく蕩かせていく。
 「ユイカちゃん。ここ……怪我してるの?」
 と、ゆっくりとなぞっていた指が、ユイカのへそのあたりで止まった。
 刀傷だろうか。ユイカの真っ白なお腹に、一筋のラインが浮かんでいる。
 「あ……うん。二ヵ月くらい前にね……」
 野盗と戦った時に付いた傷だ。ごく浅い傷だったはずなのだが、変な毒でも塗って
あったのか、今だにユイカの腹に醜い傷痕を残していた。
 「治して……あげようか?」
 「出来……るの?」
 冒険者なのだから、傷の一つや二つはあって当然である。しかし、ユイカだって年
頃の女の子。着替える度、お風呂に入る度に気になっていたのだ。
 「うん。この間から習い始めたから、あんまり上手じゃないんだけど……ね」
 サフィーはユイカに密着させていた肢体を名残惜しそうに離すと、ユイカのお腹の
傷痕にそっと唇を寄せる。
 その後に伝わってきた不思議な感触に、ユイカは身を震わせた。
 「あ……ン……」
 サフィーが、ユイカの傷痕を優しく舐めているのだ。まるで、傷ついた子猫を母猫
が慈しむように。
 だが、意外にも嫌悪感はなかった。それどころか、さっきの指以上にユイカの肢体
を優しく蕩かせていく。
 「嫌……だった?」
 傷痕から顔を上げて心配そうに問い掛けるサフィーに、ユイカは優しく首を振る。
 「ううん。サフィーちゃんだから、嫌じゃなかった」
 「嬉しい……」
 サフィーは穏やかに笑うと、再びユイカの傷痕に舌を這わせ始めた。


 「ユイカちゃん……」
 ベッドの中で抱き合ったまま、サフィーはいとおしいその名を呼んだ。
 だが、返事はない。サフィーの愛撫に身を委ねていたユイカは、疲れて眠ってし
まったのだ。
 「もぅ……」
 不満そうに小さく呟き、寝息を立てているユイカを少し強く抱きしめる。
 本当は、ユイカに旅なんかに出て欲しくなかった。話を聞いた時は、泣いてでも旅
に出るのをやめさせようと思った。ずっとずっと、この村でサフィー達と一緒に暮ら
していて欲しかった。自分の我侭というのは十分知っていたけれど、それでも彼女は
ユイカと一緒に居たかったのだ。
 「ユイカちゃんのバカ……」
 しかし、そういう娘だからこそ、サフィーは好きになったのかもしれなかった。元
気で奔放で真っすぐな。それでいて本当は強がりで繊細な、そんな娘だから。
 「けど……」
 だから、明日は笑顔で彼女を送り出そうと思う。元気でまた、この村へ……そして、
サフィーのもとへ帰ってきてくれるように。
 「行ってらっしゃい、ユイカちゃん」
 そっと呟き、サフィーはユイカの唇を奪った。ユイカが無事に帰ってきますように
との、心からの想いを込めて。

< 単発小説 >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai