「なるほど……な」 長期欠勤の始末書を眺めつつ、槍一郎は目の前の二人組にそれを投げ返した。 「不備がありましたか? 主任」 アンドロイド捜索に新機体製作、ついでにジャンク屋への引っ越し。内容には抜けがないよう気を付けたつもりだが、久々に書いた始末書だ。間違っている可能性もある。 「新機体製作は面倒だから内緒にしとけ。婚前旅行でも、何でもいい」 「……はぁ。そうします」 そう言われて報告書を拾おうとすると、後ろのチヤカがひょいと先に取り上げた。二本の腕でA4の紙束を大事そうに抱え込み、どこか得意げに微笑む。 家出する前より幼く見えるその振る舞いに、恵は苦笑を隠せない。 「にしても、お前が結婚とはなぁ。式はしないんだっけか?」 変わり者のジャンク屋の事は兜も前から知っていた。同じ街で似たような仕事をしているのだから、当然といえば当然だ。 恵とその娘が結婚すると聞いた時は、驚く反面、どこか納得もしたが。 「はぁ。それで、主任にお願いがあるんですが……」 「金なら貸さんぞ? 式を挙げんなら、祝儀もやらん」 ただでさえ金食い虫のアンドロイドを二人も養っているのだ。それも、さらに金のかかる特注品を二人も、だ。 研究所では優雅な独身貴族で通っているが、内情はそんな気楽なものではない。 「あのね、今度みんなでパーティーだけやるから、まま……じゃないや。月姫さんやクロエも呼んで欲しいんです。あと、タツキちゃんも」 いつの間にか入れ替わったイクルの言葉に、やれやれと相好を崩す。 「何だ、そんな事か」 月姫とクロエは喜ぶだろう。タツキも電話すれば、文字通り飛んでくるに違いない。 「いえ、それとですね、主任」 「……まだ何かあるのか?」 その恵の申し出に、今度こそ槍一郎は目を丸くした。 確かにそれは……槍一郎達でなければ出来ないだろう。 「月姫も喜ぶ……だろうな、多分」 イクルの家出の件以来、どこかふさぎがちな妻の事を思い出す。だが、彼の願いを聞けば、そして槍一郎がそれを引き受けたと知れば、その顔も少しは晴れるに違いない。 「お願いできますか?」 だから、ああ、と答えた。 「……いいだろう。俺と月姫で、引き受けてやる」 某月某日。 街角の古びた飲み屋で、ささやかな結婚パーティーが執り行われた。 人間と機械の夫婦を仲人にした式の花嫁は、何と機械の子供連れ。 花婿に至っては、機械の子供を三人分も連れていた。 いささか珍しいそのパーティーはひっそりと行われ、機械の客が連れ込んだ大勢の男達によって少しだけ賑やかな二次会へ雪崩れ込んだ。 ……それ、だけだ。 新聞に載るような事件でも、地球を救う決戦でもない。 せいぜい、変わり者のジャンク屋に変わり者の亭主が出来たと街の噂に上るだけ。 物語にもならない小さな物語。 だが、彼らにはそれでいいのだ。 優しい機械と共に泣き、笑い、時にはいさかい、体を重ねる。 珍しくもない。 それが彼らの、ごく普通の日常なのだから。 |