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真!ゲッターちゃん
第4話
二十八の鉄腕



 広い部屋をぐるりと見回し、ヒカリが最初に上げたのは感嘆の声だった。
「この部屋、こんなに広かったんだねぇ」
 キチンと片づいた十二畳のフローリングはなるほど広い。シーツの掛かったパイプベッド、廃材で組んだ丸テーブル。スクラップの山は分類され、整然と資材棚に収められている。
「勝手にやっちゃいましたが……良かったですか?」
 小首を傾げ、ミクマは恐る恐るそう問うた。
 ヒカリの家と恵のアパートは同じ街中で、直線距離で言えば十キロほどしかない。彼女達がジャンク屋の表を手伝えば、すぐ恵に知られてしまうだろう。そのため、三人は家事や在庫整理など、裏方の仕事に徹しているのだ。
「もち。いつかは整理したいと思ってたからさ、すっごく助かった」
 ミクマの小さな体をきゅっと抱き、店長はにっこりと笑う。
「……はい。あの、整理の計画は、チヤカちゃんが立てたんです」
 半月ほどヒカリと過ごした三人が最初に気付いたのは、この女性に『物を片付ける』という概念が完全に欠落しているという事だった。どこからともなく工具やパーツを引っ張り出してきて、飽きたらその場にほったらかし。他に興味を示せば、最初に出していたパーツを脇に寄せて次の作業を開始する。
 そんな調子で完成したのが、最初にチヤカが見たスクラップの山、というわけだ。
 彼女の「整理したい」という発言も、チヤカ達が来なければ永久に実現される事はなかっただろう。
「そうなんだ? さっすがぁ」
 そう言って今度はミクマを抱え上げると、足元の機首にそっと唇を寄せる。
「ありがとね、チヤカ」
 邪気のないヒカリの笑みに、ミクマの心の中にいるチヤカも苦笑。
 二つ目に気付いたのが、機械に対する気安さだ。
 ジャンク屋というからには機械の処刑人を想像していたのだが、彼女に関してはその全てが当てはまらないようだった。整備の腕だけは確かなヒカリは、引き取った機械は出来る限りレストアし、直せなかったパーツもその性格で強引に何とかするか、さもなくば他の機械に転用してしまう。
 それでも残ったパーツは、件のヒカリの趣味に組み込まれる。
 本当のジャンクとして墓場に眠るパーツは全体の一割にも満たないのだ。機械の最期を看取る者の仕事ぶりではない。
「儲からないけどね」
 と笑う彼女だが、事あるごとに壊れた機械を持ち込んでくる常連が多いのは、わずか半月、しかも店の二階のこの部屋から眺めるだけのミクマですらも知っていた。
「大仕事で疲れたっしょ。体の調子は平気?」
 上機嫌でパイプベッドの上に抱き上げていたミクマを戻す。ノリの利いたシーツがミクマのキャタピラにぱりぱりと押し潰されるが、そんな些細な事は気にも留めていないようだった。
「はい。三番のモーターがちょっと悪いみたいで……」
「どれどれ?」
 自然と差し出された腕を軽く叩……こうとして。
「ニイハチ、下行ってな。女の子の整備を男が見るもんじゃないよ」
 少年型のニイハチを階下に追い出した。胸ならまだしも、腕程度ならミクマも気にしないのだが、彼女からすればそういう問題ではないらしい。
「……反抗期かねぇ、あの子も」
 ニイハチが足音荒く階下へ降りたのを確認し、今度こそメンテナンスパネルを開く。首から下げている片眼鏡をはめ、倍率を上げてその中を覗き込んだ。
 手首を軽く回すよう指示し、モーターの動きを見、駆動音を聞く。
「んー。今の回転速はどうー?」
「限界回転数は、公称最大値の85%。表面温度は推奨値より+20です」
 そのデータを聞き、腕に耳を付けたまま、もう一度動きと音を確認する。
 結論が出たのか、掴んでいたミクマの腕を解放。
「まあ、ちょっち焼け気味だけど、回転速が八割切らないなら平気っしょ。気になるなら替えるけど?」
「そういう事なら、もうちょっと使ってみます」
 よろしい、とヘルメットを脱いだ頭をぐしぐしと撫で、階段でふてくされていたニイハチを呼び戻す。
「で、今日の夕飯は?」
 振り向けば、既にミクマの姿はない。白いワンピースをふわりと広げたチヤカが、フローリングに舞い降りるところだ。
 た、と赤いブーツを軽く鳴らし、着地。
「はい。今日の夕食は時間がありませんでしたので、手軽に丼物などを」
 ちなみにヒカリは料理もさっぱり出来なかった。
 正確に言えば、料理だけならそこそこ出来るらしい。けれどその後の片付けを綺麗に忘てしまうので、最近はすっぱり辞めてしまったのだという。数日間も後片付けを放棄した台所がどうなるかは……チヤカでなくとも、想像に難くない。
「あーもう! あんたら、可愛すぎ! ずっとここにいてよ」
 チヤカの細い体をぎゅっと抱きしめ、ヒカリはその頬にもう一度唇を押し付けるのだった。


 後片付けを終え、チヤカはパイプベッドに腰を下ろした。
 ヒカリはいない。夕食を食べてから、近所の飲み屋に出かけている。夕飯はチヤカ達もチャージを食べる事でお供できるが、酒の相手だけはできないからだ。
 一度ヒカリのお酌をした事もあるが、気分良く酔えなかったのかそれ以降は誘われる事もなかった。
「出来る事をしっかりやってくれればいいから」
 と笑い、その日も夜の街に繰り出していったのだ。
「出来る事、か」
 そう呟き、ベッドにころりと横になった。
 顔だけ上げれば、壁掛けのカレンダーが目に入る。
 恵の元を出てからもう半月。
(恵、元気にやっているかしら……)
 思わず、そんな考えが心に響く。
(きっと元気ですよ。恵さんも)
(うん。恵ちゃん、何でも出来るもんね)
 二人の言うとおりだ。大丈夫だ……とは思う。
 チヤカ達が生まれてそろそろ二年になるが、それまでは恵もあのアパートで一人暮らしだったのだから。イクルに地図の読み方を教えたのも恵だし、チヤカに料理と掃除を教えたのも恵だし、ミクマに洗濯を教えたのも恵である。
 もともと何でも出来る恵だ。チヤカ達がいなくなったところで、困る事は何もない。
 それに、お嫁さんが来れば……。
 今の恵に欠けているモノも、得る事が出来る。
(あたし達、これからはヒカリちゃんの所で頑張ればいいよね……)
 ヒカリの手伝いはニイハチが、家事はチヤカとミクマが引き受ければいい。お使いはイクルが出来るだろう。ジャンク屋の仕事は常に人手不足に悩まされている。
(ええ……)
(ですね……)
 その時、階段がぎしりと鳴った。


続劇
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