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 レスキュー隊本部の屋上。イクルの話を聞き、タツキはけらけらと笑った。
「まあアレ見りゃ、シウミがマワされてるって思うよなぁ……普通」
「笑い事じゃないよぅ」
 憮然とするイクルにひとしきり笑った後、屋上の風に身を任せるように軽く伸び。クリーニングは十分に終わっているが、消臭器が染みついた精臭を完全に分解し終わるにはもう少し時間がかかる。
 本来は猛毒のガスや機体にまとわりついた血の臭いを除去するための機能だが、使い方によってはこういう事もできるのだ。
「イクルだって恵さんとエッチくらいすんだろ? あれと同じだよ」
 彼らはタツキ達の同僚なのだという。心と心をより通い合わせるため、そして命を賭けた現場で彼女に気を取られないため、タツキは彼に裸身をさらし、思うがままに体を重ねる。ただ、相手の数が少し多いだけだ。
 おかげで最近は、炎に巻かれて半裸になった所で気にも留められない。
「そりゃ、そうだけどさ」
 だが、イクルは恵の同僚と体を重ねたことなどない。兜も恵と同じくらい優しいが、体を重ねたいと思った事など一度もなかった。
「って、マジでヤってんのか……。そりゃ、オレ達が勝てねぇわけだよ」
 あちゃあ、と苦笑し、タツキは天を仰ぐ。
 当時のタツキはただでさえ経験とチームワークで劣っていたのだ。愛する者を守ろうとする者の想いがスペックの差など軽く覆す事を、今のタツキはよく知っている。
 その全てで勝る相手に、勝てようはずがない。
「でもね、恵ちゃん、結婚しちゃうの……」
 ぽつりと呟いたイクルに、タツキは相好を崩す。
「へぇ。めでたいじゃねえか。式には呼んでくれるよう、言っといてくれよ」
「そんな!」
 タツキの言葉をイクルは即座に否定した。
 二重に取れる意味だったが、タツキにはその気持ちが分からない。心の中の二人に問うても、分からないという。
「オレ達を呼ぶの、嫌か?」
 だから、自分の取った意味を口にした。
「そうじゃなくって……」
 再びの否定に、もう一つの意味だったのかと納得する。
「恵さんが取られるのが、嫌か」
「嫌……だよ」
 今度は否定されなかった。そう言う意味だったのか……と少女は静かに笑う。
「そっか。お前は恵さんだけの物なんだよなぁ……」
 眩しいものでも見るかのように柔らかく目を細め、笑み。研究所にいた頃のトゲトゲしいタツキからは想像もつかない、穏やかな表情だ。
「オレ達はここの備品だからよ。そういうの、ちょっと分かんねえんだ」
 彼女を抱く男達の半分はとうに結婚している。残りの半分も、六割は彼女持ちだ。四割の男達だって、いずれ相手を見つけ、結婚するのだろう。
 だが、彼女が結婚する男の相手に嫉妬を覚えた事は一度も無い。それどころか、率先して結婚を祝福するくらいなのだ。レスキューの全班を巻き込んだ祝賀会を勝手に主催し、上司に怒鳴られた事も一度や二度ではなかった。
 彼女の居場所はここで、ここにいた者全てが同僚であり、家族だったからだ。別れもあるけれど、共に戦い、共に訓練し、体を重ねる大事な家族。レスキューの備品として特定の誰かに依存しないタツキには、恵の結婚を悲しむイクルの気持ちが理解できない。
「けどよ、イクル」
 でも、そんな彼女達なりに考え、結論を出した言葉は、言うことができる。
 愛しい姉が困っているのだ。同胞として、家族として、見捨てることなど出来ようものか。
「家族が増えるってのも、なかなかいいもんだぜ?」



 古めかしい音で鳴る携帯を槍一郎はひょいと取り上げた。
 番号は携帯の物だが、見覚えのない番号だ。メモリーに入っている知り合いのナンバーではない。
「よぅ、兜主任。元気か?」
 通話ボタンを押せば、聞き覚えのある声が流れてきた。
「タツキか。どうした、どっか壊れたか?」
「生憎と快調だよ。主任こそ、クロエをこき使ってねえだろうな」
 憎まれ口を叩いておいて、タツキは恵に繋げという。職員の携帯を借りて電話を掛けたのだが、恵は電源を切っているのか応答がないらしい。
「ああ。恵は今日、休みだ。ちょいと用事があってな」
「何だよアイツ。使えねえ」
 元マスターをマスターとも思わないぞんざいな口調だ。性格のベースを組んだのが自分達とはいえ、少し失敗したかな……と微妙に思う。
「なんかイクルが悩んでたから、教えてやろうと思ったのに」
「……おい、マジか。イクルが来てたのか!?」
 不機嫌なぼやきに、槍一郎は思わず立ち上がった。
「やっぱ家出してたのか。いきなり来たからオカシイたぁ思ったが……電話して正解だったみてえだな」
 屋上で少し話した後、タツキに出動要請が入ったのだ。タツキの部屋で待つように鍵を渡して戻ってみれば、イクルは控えの男達に挨拶をして出て行ったという。
「……どこに行ったかは分からんか、くそ」
「オレも好きでアイツを置いてったんじゃねえよ」
 ビル火災への緊急出場だったのだ。タツキ達レスキューの働きがなければ、確実に死者が出ていただろう。
「別に責めてないだろ。問題はそっちじゃない」
 イクルの出かけた先が分かったのは幸いだが、別の問題が槍一郎の頭をよぎる。
「……バッテリーか」
 ぎり、という歯ぎしりの音に、槍一郎は小さく頷く。
 恵のアパートからタツキの所まで片道百キロ。槍一郎の家で補給した様子はないから、恵の家を出て以来、イクル達は補給を受けていないことになる。
「オレの部屋にあったチャージが減ってたから、もうちっとは保つと思うけどよ……」
 イクル達が持ち去ったのはバッテリー本体ではなく、補充用のチャージという小さな燃料棒が一パックだけ。通常の三倍のAIを搭載したゲッターシステムの燃費はお世辞にも良くはないし、飛行すれば消耗はもっと激しくなる。
 同じ飛行型ゲッターであるタツキの基準で考えれば……。
「最長で三十時間か……短いな」
 イクルの捜索に出ているのは恵と月姫、クロエの三人だけ。槍一郎は研究所の重要な会議を控えており、休みを取れる立場にはない。
「オレも待機時間でその辺探してみるからよ。何かあったら連絡するわ」
 タツキからの電話を切ると、槍一郎はノートPCを操作し、この近辺の地図を表示させてみた。
 イクルの行動範囲にタツキの街までのエリアを加算し、再計測。
 検索範囲内の青色に染まったエリアは凄まじく広い。月姫とクロエの二人を無休で稼働させたとしても、フォローできるレベルではなかった。
 会議が終わったら俺も休みを取るべきか。
 仕事の続きを始めながら、槍一郎は真剣に考えるのだった。



 恵の家にほど近い児童公園。紙箱に入った細い棒状のチャージを食べながら、イクルはぼんやりと空を見上げた。
 今のイクルの存在は月姫の辛い思い出に触れてしまう。月姫の涙に何となくそう思い、イクルは月姫の家を出た。
 数少ないツテを頼り、次はタツキに会いに向かったのだが……どうやら彼女の居場所はイクルにとって、まるきり異質な場所のようだった。タツキのスタイルを否定するわけではないが、イクルが相容れられるとは思えない。
 研究所の知り合いを頼ってもすぐに恵に知らされるだろう。ずっと恵と一緒にいたイクルだから、恵を介さず、それでいて彼女が転がり込める場所、という心当たりがまるでない。
(どうしよっかなぁ……これから)
 買い物先での知り合いを頼る手もあるが、今度は彼女の生命線である補給が受けられなくなる。
 チヤカとミクマは塞ぎ込んだまま。考え事は常に三人で行っていたから、一人ではアイデアの一つも浮かばない。残り少ないチャージをかじりつつ、ベンチの上、ぷらぷらと足を遊ばせる。
(困ったなぁ……)
 端から見れば、学校をサボってポッキーを食べている小学生にしか見えないだろう。
 だが、少女の中身はタツキの予想以上に深刻だった。
 イクルのバッテリーが尽きかけているのだ。
 単純に考えれば三つのAIのうち二つが止まっているのだから節電できているように思えるが、事態はそう簡単ではない。
 深刻なのは、三基あるバッテリーを個々のAIで制御しているという構造にあった。分離状態の電源を滞りなく管理するための仕様なのだが、チヤカとミクマが表に出てこないという事は、同時に彼女達のバッテリーも使えないという事になる。
 現在のゲッターは、イクル一人ぶんのAIとバッテリーだけで動いているのだ。
 細いチャージは食べた端から消費されていく。タツキに迷惑を掛けることを承知で、スペアのバッテリーを持ってくれば良かったかなぁ……と、今更になって思う。
(けどまあ、いいか……)
 反面、そんな気持ちもある。
 結婚すれば、恵に家族が出来るのだ。恵を独占したいと願う自分達は、きっと恵と奥さんに迷惑を掛けるだろう。
 バッテリー不足で鈍るクロックの中、何となく、月姫の悲しみを理解する。
 額のセンサーが止まり、感覚器からの信号が途切れ、視界が暗転する。
 落ちていく闇の中、視界の向こうに駆け寄る足が見えた気が、した。


続劇
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