第4話 空中決戦! 『G』対『G』 紅の閃光が、青い空を駆け抜けた。 白い雲を鋭角に切り裂き、上空を飛んでいた赤い影に一瞬で並ぶ。赤い影も相当なスピードを出しているはずなのに、閃光の前では止まっているようにしか見えない。 「ホントにオレ達が勝ったら、マスターのこと恵って呼んでいいんだろうな!」 一瞬の交差に真紅が叫ぶ。 「けど、あたしが勝ったら、恵ちゃんっていいのはあたし達だけだからね!」 かわした赤も、負けじと言い返す。 上等! という声は、風の向こうで聞こえなかった。 そう。 勝負、である。 胸元を飾るピンクのリボンが、疾風の中で千切れそうに揺れていた。このリボンを奪うか千切った方が勝ち。もちろん、三形態のいずれの胸にも付いている。 「じゃ、行くよ。みんな」 赤いマントをひるがえし、イクルは青い空を駆け出した。 「テメエ、よっぽど腕を折られたいらしいな」 グラウンドに駆けつけた兜は、目の前の青年を問答無用で睨み付けた。 「今日はあの子らとヨロシクやってろって言ったろうが」 「……徹夜ですよ。僕は」 クロエの前にしゃがみ込み、乾いた笑いを浮かべる恵の顔には疲労の色が濃い。 その理由が分かったのは兜ただ一人。恵に何か食べさせてもらったらしいクロエは、口をもぐもぐさせながら二人を見比べているだけだ。 「なら、寝てろよ……」 「あいつらにどうしてもって言われたら、断るわけにもいきませんよ。ほら、行っておいで」 ぽんとクロエの背を叩けば、クロエはよたよたと空に舞い上がった。彼女の視線は傍らのディスプレイと繋がっているらしく、14インチの画面には徐々に近くなる青空が映し出されている。 「折角のチャンス、ですしね」 だから恵は、空を見た。 兜も釣られて空を見た。 そこにあるのは6つの光。縦に舞い、横に交わり、やがて二つの赤になる。 後はもう、勝負にならなかった。赤い光は真紅の閃光に追い付くことさえ出来ず、一方的な打撃を受け続けている。 「……まあ、親バカも程々にな。そのうち尻に敷かれるぞ」 兜に出来るのは、明日の恵に休暇をやる事くらいらしい。 両肩のスラスターと鋭角的なマントで直角に軌道を変え、再加速。 「この野郎っ!」 声すら置いて行かれそうな世界の中に悪態が響き渡る。 ゲッタードラゴン、タツキ。 最強幻獣の名を持つ、竜の姫。 イクルから持ちかけられたこの勝負、負ける気などしなかった。 何せスペックには圧倒的な開きがあるのだ。七割ほどの今でさえ、彼女の全速よりもはるかに迅い。 姿勢を整えて再突撃。胸元のリボンを狙い、一直線に突撃を開始する。 一度は様子見、二度目は調整。 本番は、この三度目からだ。 「ちいっ!」 だが、その一撃は旋回したマントの渦に巻き込まれ、あさっての方向に弾き飛ばされた。きゅるきゅると無軌道にスピンする体を三次元スラスターの数発で瞬時に立て直し、直線に蒼穹を蹴る。 さらに突っ込み、反転し、さらに突撃。 旧型のゲッターに、逃げる隙など与えはしない。 「危なかったぁ……」 絡んだマントを振り払い、イクルはふーっとため息を吐いた。 優雅な曲線の軌道を描きつつ、ドラゴンと距離を開けるために加速する。 「ありがとね、ちやちゃん!」 これまでの回避はチヤカの判断によるものだった。前にテレビで見た闘牛の要領で、直線に突っ込んでくる相手の動きを受け流す。相手の動きを正確に捕捉した上での精密演算が必要だったが、それはイクルとチヤカの得意とする所だ。 (で、勝てそうかしら?) 「まだ無理!」 即答だった。 「スピードが違いすぎるし、向こうの精度も上がって来ちゃった」 額のセンサーに集中すれば、圧倒的な速度で翔けるタツキの位置が視える。 速度はイクルのほぼ二倍。まともにやってどうにかなる相手ではない。 (来るよ!) 響く、ミクマの声。高速戦ではする事のない彼女は、非常時の監視役に回っていた。 (イクル! 次の手は……) 「OK! それで行こう!」 小さな推進器を一杯に振り絞り、イクルは正面の相手だけをしっかりと見据える。 「何だよアイツ!」 タツキの不機嫌は限界に達していた。 触れたと思った瞬間、イクルの小さな体がすいと消えたのだ。何をどうやったのか、一瞬で強烈な加速を叩き出したらしい。 回転による回避は今までのデータから無効化できるはずだった。そこに、完全な直線の回避である。 そうそう予想外の事態に対処できるわけもなく、今度はかすりもしなかった。 さらにスピードを上げての突撃を叩き込むが、急転回に急加速、減速に回転と自在に繰り出されてはどうすることも出来ない。 「あーもうくそっ!」 マントがうなり、姿勢制御用のスラスターが咆吼を上げる。 全力だ。 内にあるリミッターを強制解除する。 頭の両脇に結ばれた逆立つ髪が紫電を放ち、さらに角度を、鋭さを増す。 旧型機だと思って遠慮していればこの始末。 「野郎……次が、ラストだ」 もう、天翔ける竜に手加減はない。 「来る!」 迫り来るのは真紅の閃光。イクルのセンサーで捕捉できる限界の速度で、こちらにまっすぐ突っ込んでくる。 相対速度と衝撃は、二つの力の完全な合一。 直撃すれば無事では済まないだろう。 (……で、やるの?) 問いかけるのはチヤカの声。 「恵ちゃん取られちゃうんだよ? あったりまえじゃん」 イクルの答えは単純明快。 恵を賭けた勝負なのだ。 逃げてばかりは、いられない。 それに、勝算は……ある。 (バカなんだから、もう) 心の中は呆れ声。 (……でも、恵は譲れませんものね) だが、それでも制御はイクルに移る。 (イクルちゃん、がんばろうね!) 脚の感覚が来た。ミクマも、イクルに全てを託す。 動きは全てイクルの思うがままに。 視線は正面。 全速力でまっすぐに、タツキが来る。 瞬きする間もなく、正面に少女の顔が大写しになる。 「勝負だこの野郎!」 攻めるタツキは右手を前に。 「おう!」 迎えるイクルは十字に腕を。 防御ではない。 必殺の、切り札だ。 「シャイィィィィン!」 タツキの拳が叩き込まれる刹那前。 「オープン・ゲット!」 交差した腕を解き放ったイクルの体が、バラバラに砕け散る。 その数、正確に三つ。 「な……っ!」 呆然と空を切る、タツキの拳。 その、頭に。 体重の乗った誰かの拳が、叩き込まれた。 |