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ゲッターちゃんG!
第1話
『G』の名を持つゲッター



 青い空を、五つの流星が横切っていく。
 先を駆けるは紅、蒼、橙で、それに続くは黒い星。やや遅れ気味に、赤い光が追いかけている。
 星達は直線の動きから、絡み合うように高速で旋回。五条の螺旋を描き、青い空を真っ直ぐに……上昇した。
 そう、流星ではないのだ。『彼女』達は。
 そんな中、四つの光を追い切れず、赤い光がふらりと揺れた。
「恵ちゃん、ごめん! もう、追いつけないよぅ!」
 広いグラウンドの上。ホームベースに場違いな白衣を着て立つ青年のレシーバーに、少女の悲鳴が飛び込んでくる。
「いいよ。無理しないで、降りておいで」
 少女の情けない声に青年が機嫌を悪くした様子はない。
 自在に舞う四つの光をかいくぐるように、赤い流星が青年の方に流れてくる。ぶつかれば無事では済まないだろう流れ星を前にして、青年は微動だにしない。
 逃げるどころか、むしろ両手を広げ……
「お疲れさま、イクル」
 目前でほぼゼロまで減速した流星を、ふわりとその腕に抱きとめる。
 限界まで加速したイクルの肌は軽く火照り、冷却剤が汗のようにうっすらと浮かんでいた。人間の汗とは違う匂いが恵の鼻孔を柔らかくくすぐる。チヤカ特製の冷却剤は、気化する時にほんのりと甘い香りを放つ。
「ごめんなふぁい。ふぁのふぉふぁい……」
「ほらぁ、物を口に入れたまま喋らない」
 恵はイクルの口に指を入れると、小さな棒状のデジタルテープをそっと抜き取った。舌の汎用端子を使って書き込まれたのは、彼女が見た空中の光景である。
「恵ちゃぁん。あのコ達、速すぎだよぅ」
 テープと舌を繋げていた潤滑剤の付いた唇を拭いながら、イクルはそうぼやく。
「そんなこと気にしないの」
 対する恵はテープをポケットのカメラに放り込み、代わりに脇に挟んでいたクリップボードを手渡す。
「はい」
 受け取ったのは大雑把なイクルではなく冷静なチヤカだった。
 いつの間に変形したのか、最近は恵でも気付けない事がある。少女達のささやかな成長を嬉しく思いながら、再び空を見上げ、インカムを口元へ。
「タツキ。チェンジドラゴン、行けるかな?」
「おう!」

 レシーバーに響く、自信に満ちた「チェンジ」の叫び。
 先頭を駆ける三つの光が一列に連なり、「チェンジ!」の声が次々に続く。
「チェンジ・ドラゴン!」
 強い輝き。紅の流星は真紅の風となり、よたよたと追いすがっていた黒い光を一気に引き離した。圧倒的な速度で至る高々度の世界の中。描く軌跡は白雲を曳き、青い空を真っ二つに切り裂いていく。
 飛行機雲をまとい、突風はさらに、加速。
「恵。タツキ、クロエ、共にトップスピード更新ですわ」
 二つの流星を目視でトレースしていたチヤカがそう言った瞬間、黒い流星がふらりと揺れた。螺旋軌道から無数に連なる直線飛翔、急加速と急転回を繰り返す超機動状態に到達した真紅を尻目に、グラウンドへと降りてくる。
 イクルに続き、黒い流星もついに脱落したのだ。
「そっか……。なかなか、いいペースだね」
 抱きついたままだったチヤカを降ろし、ふらふらと降りてきた黒い影に腕を伸ばす恵。  減速がやや足りなかったのか、受け止めた衝撃に軽くたたらを踏む。転びそうになった恵の細い体を、どこからともなく伸びたミクマの両腕が柔らかく受け止めた。
「クロエもお疲れ様。記録更新だって。おめでとう」
 恵の腕の中にいるのは黒ずくめの女の子だ。
「……にゃ?」
 笑顔の恵にそう言われ、不思議そうに首を傾げる少女。外見はイクルによく似ている。妹どころか、もう1〜2歳成長させれば双子と言っても通るだろう。見かけで違うのは、赤いイクルに対して全身が真っ黒という点一つ。
 彼女のコードネームは『ブラックゲッター』。家庭向けの低コストモデルを前提として作られた、量産実験機である。イクル達のような変形合体機構こそ無いが、恵が研究しているゲッター系の思考システムを搭載しているためゲッターの名が与えられていた。
「早乙女ぇ。調子はどうだ?」
 そんな恵にかけられる、ぶっきらぼうな声。
「あ、主任。どうもです」
 一塁側のダグアウトから、白衣を着た熊が歩いてくる。
「兜主任。ごきげんよう」
 兜と呼ばれた男は、ひょろ長い恵よりも心持ち背が低い。それでも熊のような印象を与えるのは、理系で細身な恵の倍近い厚みと、三倍近い肩幅を持っているからだ。
 兜槍一郎。三十八歳、独身。情に脆く、義理に厚い、体育会系の熱血漢。正直なところ、白衣を着ているよりも工事現場で作業服を着ている方が違和感のない男だった。
「助手も付けられんで、すまんな」
 細い目がさらに細まり、意外と人なつっこい笑顔になる。
「いえ、そのための私達ですから」
 にこりと笑うチヤカからクリップボードを受け取り、兜はふむ、と一声。
「順調なようだな。早乙女」
 邪魔して悪い、と戻されたクリップボードをそっと受け取り、チヤカはデータの書き込みを再開した。ボードもデジタルテープも、元来チヤカ達には必要のないものだ。恵たち人間がその場でデータを確認するために使うだけで、書き込みが中断したところで何の問題もない。
「はい。タツキもクロエも、来週には最終テストが出来るんじゃないかと」
 クロエを降ろし、インカムに帰還の指示を送る。その姿はどこか誇らしげだ。

「……あれが『G』か」
 やがて天空から舞い降りてきたのは、赤い光。
 恵の手を借りることもなくふわりとピッチャーマウンドに降り立ち、中央から左右に別れた鋭角的なマントをばっと払った。赤い光が散り、その姿が露わになる。
「戻ったよ、マスター」
 堂々とマウンドから帰還する彼女は、イクルをそのまま進化させたような姿を持っていた。
 頭の左右と上から鋭く伸びる、通信機器を備えた大型の複合バランサー。
 イクルの倍以上の飛翔を叩き出すための追加スラスターと、空力プロテクター。
 意志の強さを秘めた瞳は、圧倒的なスペックに支えられた自信に満ちあふれている。
 ゲッターG・モード1『ドラゴン』。
 究極幻獣の名を冠された、『G』の開発コードを持つ最高のゲッター。
「おかえり、タツキ」
 個体名はタツキ。竜の姫君と呼ばれるに相応しい、超高性能機。
 当然ながら、こんなスペックを持つ機体が家庭用なわけがない。十三年前に決まった国際条約でアンドロイドの軍事利用は禁止されているから、完成したゲッターGは各地の災害救助に使われることになるだろう。
 ゲッターという名そのものは、汎用の家庭モデルであるブラックゲッター『クロエ』が継ぐに違いない。
「じゃ、主任も来たし、とりあえず戻ろうか。チヤカ、ライカ、機材をばらして」
「はい」
「了解」
 チヤカとタツキ、二つの口から放たれるオープンゲットの声。六機の飛行機が競い合うように、絡み合うように宙を舞い、二つの体を作り上げる。
 先に現れたのはキャタピラと伸縮自在の腕を備えたゲッター3・ミクマ。恵が最初に指示したチヤカではない。
「チヤカちゃんが、こういう仕事はボク向きだからって」
 そう言うと、ミクマは組み立てられた機材のコネクタを丁寧に外し始めた。
 この手の作業はミクマより器用なチヤカ向きと思われたが、その予想は間違っていたらしい。機材の分解は過剰な精密さより丁寧な扱いが求められる仕事だから、チヤカよりもミクマに向いた役割だったのだ。
「……なるほど」
 よく考えてるなぁ、と心の中で微笑む恵。
「チェンジ・ライガー!」
 その隣で合体を終えたのは、獅子王の名を冠された細身の少女だった。
 コードネーム『ライガー』。個体名はライカ。
 長いフレアスカートとゆるくウェーブの掛かった長い髪をふわりと風に広げ、背中のロケットノズルを軽く噴かして音もなく大地へ舞い降りる。どこまでも優雅で清楚なその姿は、猛々しい印象さえ与えるタツキとは対照的だ。
 右手にドリル、左手にはハサミ。チヤカを十歳ほど成長させれば、こんな娘になるのだろうか。
「これを片付ければ、宜しいのですね?」
 だが。
 チヤカと同じ右手のドリルがハチの巣状に分解され、腕の内側にするりと呑み込まれたかと思うと……何と、五本の指が現れたではないか。
「ミクマ様、ここはどうすれば宜しいのでしょうか?」
「えっと、そこはですね……」
 ハサミの開閉方向も単純な上下動ではなく、付け根を中心とした六方向。花のように開くロボットアームで、コネクタを器用に掴み取る。
 丁寧にケーブル類をまとめ、運搬用のケースの中へ。もちろんミクマは、緩衝材を適度に挟む指示も忘れない。二人でやれば、あっという間に作業は終わる。
「準備終わりましたー」
「おつかれさま。じゃ、戻ろうか」
 大人一人でも抱えきれない機材をひょいと抱え、キャタピラの下半身できゅらきゅらと歩き出すミクマ。
「オープンゲットですわ」
 けれど、たおやかに流れたその声に軽快なキャタピラ音が凍り付いた。
 蒼、橙、紅。三機のゲットマシンが大きな動きで宙を駆け、橙を先頭に合体する。
「チェンジ……ポセイドン」
 静かな呟きと共に完成したのは、膝から下にキャタピラを備えた少女だった。
 ミクマより重厚な外観を備えた『ポセイドン』ことシウミ。
 豊かな胸を包む胴衣は蛍光のオレンジ。夜目にも鮮やかなその胸部装甲と各所のフロートは、海難救助を前提に設計された水中用ゲッターである事を示している。
(……ごめんね、ミクちゃん)
(……ごめんなさい、ミクマ)
「……気に、しないで」
 タツキやライカでは抱えられない大きな荷物も、大出力に設計されたシウミなら余裕で持ち運ぶ事が出来た。がさつなイクルや非力なチヤカをフォローする、ミクマと同じポジションである。
 制作者も設計思想も全く同じ。ミクマ達初代ゲッターチームの構想をそのまま発展させたのが新しいゲッターチームなのだから、似通うのは当然といえば当然だ。
 だが。
 ミクマの倍近い重さを持つ機材を軽々と抱え上げ……
 シウミは、『立ち上がった』。
 無口な彼女はそのまま黙々と歩き出す。歩みは遅いが、それでもキャタピラのミクマよりははるかに早い。
「主任。シウミとクロエ、先に連れて行ってもらえますか?」
「……おう」
 きゅらきゅらと空しく鳴るキャタピラの音を聞きながら、ミクマは先を行く黒い少女とオレンジの少女の背中を黙って見送るのだった。


続劇
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