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ゲッターちゃん!
第3話
悲しみは流れ星の彼方に



 太い指が、器用に洗濯物を干している。シワだらけの白衣を丁寧にハンガーへ。洗濯物の分だけ重みを増したハンガーは、伸縮自在の腕を伸ばして部屋の外にぶら下がっている物干し竿にひょいと引っかける。
 ゴム製キャタピラの足元には、丁寧に畳まれた洗濯物が分類ごとにきちんと置いてあった。
「洗濯物終わり、です」
 優しげな声で嬉しそうに呟き……
「オープンゲット!」
 狭い部屋を三機の飛行機が飛び回り、先程の優しい声とは違う、凛としたかけ声と共に一つに重なる。
「チェンジ!」
 白い角を持った黒髪の娘がふわりと舞い降り、何事もなかったように台所へと。買い物は昨日の内に済ませておいたから、とりあえずは晩の下ごしらえだけでOKだ。
 とんとん、というテンポの良い包丁の音が、まさかマジックハンドに握られたものだとは誰も思わないだろう。右のドリルと左の二本指を魔法のように巧みに使い、魚を三枚に卸したりコショウを振ったり、何でもござれだ。
 小一時間もかからず、娘は必要な支度を終える。
「下ごしらえ、終わりましたわ」
 と、そこで娘は気が付いた。
 六畳一間、台所付き。狭いアパートの出口にある靴箱の上。
 そこに、小さな包みが置いてあることに。
「あら。ご主人様、お忘れ物かしら……」
 四角い包みの柄は細いストライプ。恵の出がけに自分が渡したお弁当だ。
 そっと目を閉じ、頭の中で計算する。今の時間から自分の移動速度で研究所まで……最短ルートを通っても、ちょっと間に合いそうにない。
 だが、娘は全く慌てなかった。
 届ける気は満々だが、自分が届ける必要は全くないのだから。
「イクル。間に合いそうかしら?」
 娘の体がぐらりと傾ぎ、三つに分離する。
「オープンゲット!」
 台所の狭い空間であっても、少女達は慌てない。それぞれの推進器を手足のように使い、するりと互いの位置を入れ替える。ケーブル一本の乱れもない、けれど誰に統率されたわけでもない動き。
 互いを信じ、熟知しているからこそ出来る、完璧な動き。
「チェーンジ!」
 左右の角をぴんと立て、大きなマントを優雅にひるがえしたのは、真っ赤な少女だった。人なつこい表情と緑の瞳には、弾けそうな元気が満たされている。
「あと十分で持っていけばいいんでしょ? 余裕だって」
 ひょいと玄関の弁当を取り、鍵を掛けて階段を踏み込み……
「行くよ……」
 翔んだ。
「ゲッターウイング!」
 洗濯はキャタピラの娘。
 料理と掃除はドリルの娘。
 そして、スピードが要求される移動は彼女、イクルの出番だ。


 その夜。
「なあ」
 洋風に焼かれた魚を食べながら、恵は目の前の三人に声を掛けた。
「なに?」
「何ですの?」
「何でしょうか?」
 イクル、チヤカ、ミクマ。青年の前にある三つの生首がそれぞれに答える。合体状態だとメインの一人しか喋れないから、合体の必要がない時はこういう形を取っているのだ。
 はたから見ればいささか趣味の悪い光景ではあるが、彼女達にとってはこれが楽しい家族の団らんだ。
「今日さ、来てくれたんだってな」
「うん。お弁当、ちゃんと届いたよね?」
 道は間違えなかったし、着地の時に壁にもぶつからなかった。ミクマの提言で研究所の入口を強行突破する事も控えたし、チヤカが口うるさく言ったから弁当の中身がグチャグチャになっていることもない……はずだ。
 イクル達は研究所内に入れないから、入口で守衛の老人に預けたのだが……何か問題でもあったのだろうか。
「いや、弁当はちゃんと届いたよ。美味しかった」
 穏やかに笑う恵。初めの頃は半分お世辞だったが、チヤカに味覚センサーを付けてからは味付けも格段に良くなった。それからお世辞の割合はどんどん減っていき、もう減らせるほど残っていない。
「では、何かありましたの?」
 だが、恵の表情には何かがあるように見える。
「実は、弁当届けに来たお前達をウチの上層部が見てたらしくってな……」
 湯飲みにお茶を注ぎ、ふぅ、と一息。
「お前達のシステムの事を、本格的に研究することになった」
「……え?」
 居間の温度が、一気に下がった気がした。


 恵が風呂に入っている間、合体したイクル達は居間で体を拭いていた。
(研究所だってさ……)
 メインのイクルも口は動かさず、心の中だけで話す。恵に聞こえる音ではしたくない話だったからだ。
(そうですわね……)
 腕を拭ってから、タオルは前掛けの下の白いシャツへ。表面のテクスチャ情報を変更し、裸の胸に切り替える。特に意味はない。チヤカの気分の問題だ。
(ボク、行きたくないです……)
 そんな中、ミクマがぽつりと洩らした。
(そりゃ、あたしだって行きたくないよ)
 もともと三人は研究所で生まれた実験用AIだ。様々なテストでボロボロになるまで使い回され、スクラップ寸前で流れ着いたのが恵の研究室。そこで恵や他のみんなと知り合い、恵の手でゲッターへと生まれ変わって今がある。
 廃棄されたボディはもう廃棄場にもないだろうけれど、AIとデータは恵の研究室にいた時のまま。少なくとも、ゲッターとなり、恵といられる間の彼女達は、イクルであり、チヤカであり、ミクマである……と、彼女達は思っている。
(私も行きたくなんかありませんわ……)
 でも。
(ますたーの研究が、認められたって事だよね)
 イクルの言葉に、沈黙が重なる。
 ゲッターシステムの基本構想は恵が学生の時には既に思いついていたらしい。特定業務に特化したシステムを臨機応変にコアとする、プロフェッショナルチーム構想。一機の高価な指揮官機を中心としたシステムよりも割高にはなるが、はるかに代替が効き、柔軟製に富む理想的なシステム。
(そうだよ……ね)
 それからどんどん時代は進み、恵の構想にロボット工学が追い付き、研究所での基礎研究を経て、実践の目処が立ったのだという。その基礎研究で用いられていたテスト機体こそ、かつての三人だった。
(ご主人さま、研究室でゲッターシステムのこと、嬉しそうに話してくれましたよね……)
(ええ。私達なんか、ただの機械だっていうのに……ね)
 そして恵の基礎研究が認められ、辞令が届いた日。旧テスト機体の廃棄処分が決定されたその日に、彼女達はゲッターシステムの実験台に志願した。
 恵と居られるなら、実験台でも何でもいい。
 どうせ捨てられるなら、ただの機械である自分達に優しくしてくれた恵のために……。
(……戻りましょう。研究室に)
(ちやちゃん!)
 胸元を拭いていた腕が止まる。
(そう、ですね)
(みくちゃんまで!?)
 自分達をゴミのように捨てた場所だ。死んでも戻りたくなんかない。
(イクルは、来ない?)
 それを聞いた恵は悲しむだろう。けれど、優しい彼は、自分達を守ってくれるに違いない。ようやく認められた研究をかなぐり捨ててでも。
 そういう人だと彼女達は知っている。信じている。早乙女恵という、強く優しい青年の事を。
(……まさか)
 チヤカの問いを聞いて、ゲッター1の主は、ふ、と笑みを浮かべた。
 そんな恵を見るのは、研究所で再び使い捨てられるよりも嫌だった。
 伝わらぬ想いに打ちひしがれて、それでも優しく笑う恵を見るくらいなら、スクラップになった方がマシだ。
(あたしはもう、みんなで行くって決めてたもん)
 浮かぶ涙を拭う指は、優しいチヤカのものだった。


続劇
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