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ゲッターちゃん!
第2話
緊急合体! チヤカ対ミクマ



「全くもう……」
 聞こえる声で、右端のチヤカはため息を吐いた。
「いーじゃん。ちやちゃんだって気持ちいいって言ってたじゃんよ」
 隣にいるのは中央のイクルだ。慣れたものの生首モードで、黒髪の娘に同意を求める。
「それは……それとして」
 何だか情けなさそうに、チヤカ。
 少し離れた所からは金属器のぶつかる軽快な音と、何かが炒められる音が重なって聞こえてくる。恵が自分の昼食を作っているのだ。
「私達が休んでいて、ご主人様に働かせているというのは、いかがなものかしら?」
 三人が今居るのはもちろん床の上ではない。小鳥の止まり木のような形をした、専用の整備台の上だ。『止まり木』というそのままの名前が付いたそこでは、首だけの彼女達は彩色された胸像のように見える。
 もちろん、ただの胸像は口喧嘩などしないけれど。
「ん……」
 そんな中、呑気な声が左端から聞こえてきた。
 縦置きされた四角い飛行機の先端がパタパタと形を変え、ヘルメットを被った少女の頭に変形する。

 余談になるが、彼女達のボディを構成するこの不可解な金属は、数年前に開発された一種の形状記憶合金だ。内部に流れる微弱電流で硬度や形を自在に変えるこの合金は産業界に一大革命を巻き起こし、開発した日本人技師はその年のノーベル賞を受賞した。
 現在はその特許を巡って所属企業と裁判を起こしているらしいが……その辺りの顛末までは本編と関係ないので、置いておく。

「お早う、ミクマ」
「あ、ゴメンなさい……。ボク、ハングアップしちゃったみたいで……」
 落ちる前のログとわずかにトゲのあるチヤカの様子に、思わず頭を下げようとして……ミクマは止まり木の上で動けない事に気付く。
「おっけー。じゃ、ちやちゃんもみくちゃんもOK?」
「うん。もう、大丈夫」
「家事なら私ですわね。いいかしら、二人とも」
 チヤカをメインにしたゲッター2は、ドリルアームとハサミ状のロボットアームを持つ万能工作形態だ。指すらない、一見何も持てそうにないその両手を使い、彼女は驚くほどの仕事をこなしてみせる。細身故に力仕事こそ苦手だが、器用さだけなら三人の中では群を抜いていた。
 左側の二人をちらりと目を遣れば、もちろん異論はない様子。心は別でも想いは一つ。それが、ゲッターとなるとき一緒に決めた、大事な約束。
 料理の手伝いなら、そう。チヤカしかいない。
「なら行きますわよ! チェンジ、ゲッター2!」
 ふわりと舞い上がったチヤカにミクマが連なり……。
「あっ!」
 左右に開いたチヤカのエンジンノズルにヘルメットが激突。バランスを崩した二人の少女は、狭い恵の部屋にひゅるひゅると墜落する。
「危ないっ!」
 慌てて飛び出したイクルがミクマに突っ込み、急制動して空中反転。尾部からミクマに合体し、混乱したままのミクマの管制を一気に掌握する。強制で叩き込んだ変形コマンドは手と足ではなく手と頭。細い手を伸ばそうとしていたミクマの腕がぐっと太くなり、無数のリングが連なったロボットアームへと姿を変えた。
「チェンジ! ゲッター3!」
 3が持つのは伸縮自在なロボットアームだ。飛行時の超高速処理に特化されたイクルの電脳が即座に状況を判断し、気を失っているミクマの回路へ無数の情報を流し込む……が。
(ダメ……間に合わないっ!)
 姉妹とはいえ、イクルにミクマの真似はできない。空中で支えも無しに両手を操り、チヤカを助け出す事など……。
「イクルちゃんっ!」
 だがその時だ。右のアームがしゅるしゅると伸び、恵の大事な機材の上に落ちかけたチヤカを絡め取ったではないか。余る左で壁を突き、落下軌道を変える。
 イクルの制御では到底出来ない、柔軟かつ器用な動き。
 落下音は布団の上に落ちた、ぼす、という軽い音だけ。
「……」
 台所からは相変わらず、何かを炒める音が聞こえてくる。恵が気付いた様子はない。
「……ふぅ。せーふぅ」
 少し固い布団に顔を埋めたまま、上半身だけのゲッター3はイクルの声でふぅと一息。流し込まれた膨大なデータでミクマが目が覚まさなければ、いったいどうなっていた事やら。
「ミクマ! もう、何をやってますの!」
 やれやれと分離しようとすると、枕の上からヒステリックな小声が響いた。
「ごめん……なさい」
「もう。失敗くらい別にいいじゃん。それに、最後はみくちゃんがいなかったら大変な事になってたんだしさ」
 そう言うイクルは毎度毎度、ド派手に失敗してばかりだ。慎重な性格で滅多に失敗しないミクマを責められる立場にはない。
「そもそもミクマが……」
 失敗しなければ、と続けようとして、口をつぐんだ。
「ごめん……ひっく……なさい……」
「……もぅ」
 泣き出したミクマに、黒髪の少女は疲れたようにため息。
「イクル、ちょっといいかしら?」
「うん。おっけー」
 ぐずぐずと泣き続けるミクマの管制をすり抜け、イクルはゲッター3の伸縮自在の腕を伸ばした。転がっているチヤカをそっと抱え上げ、ミクマの正面に持ってくる。この程度の芸当なら、イクルにも出来ないこともない。
「もう、そんなに泣かないの」
 そっと舌を伸ばし、チヤカはミクマの目に浮かぶ洗浄液をちろりとぬぐい去った。横に流れる液体をそのまま舐め取り、柔らかな頬をすり寄せる。
 一人だけでは手も足も出ない、彼女の出来る最大の愛情表現。
「チヤカ……ちゃぁん……」
「あ……」
 腕の制御がイクルを離れ、ミクマに戻った。
 本当に小さなチヤカの体を大切に抱え、正面に。
「んむ……」
 ゆっくりと、唇を重ねる。
「ン……っ!」
 体表の感圧器に流れ込むのは、機械と思えない柔らかな唇のデータ。うっすらとにじみ出た二人の唾液が、絡み合う唇を薄く濡らしていく。


「チヤカ……何でまた、君のCPUだけこう負荷が多いんだろうねぇ」
 ドライバーを片手に、恵は膝の上にある小さな頭へ穏やかに語りかけた。
 自慢の黒髪は外されている。対衝撃用のアブソーバーも外された彼女の頭は、集積回路が立ち並ぶ電子の神殿だ。
 恵はそこから黒ずんだ基板を二枚抜き、作業台に置いた装置の上へ。
「もう、し、わけ、ありません、マスター」
 チヤカの声は口ではなく、どこか別の場所から放たれた。言語処理系の回路が外されているため、発音もいつもよりたどたどしい。
「それは気にしなくていいけどさ、一人だけで無理はしないでね」
 接眼レンズを覗き込みながら、マニピュレーターを制御するためのグローブを握り込む。貧乏研究者の恵の財布に高価な基板をぽんと買い足せるだけの資金はない。次の給料日かボーナスまでは、研究所から借りてきた機材を使った応急処置で乗り切るしかなかった。
「君達は、三人で一人なんだから」
 機材の隣にある仮設台には、二つの胸像が並んで置かれている。
 赤い髪の元気良さそうな少女と、黄色いヘルメットをかぶった優しそうな娘。まだ電源も入ってはいないが、妹達の体となるはずの大切な機体だ。
「……りょう、かい、です」
 航空実験の風洞モデルに超小型重機、そして造園用に使われていた中古ロボット。AIの入った頭部以外はどれも払い下げの品をタダ同然で買い叩いてきたもので、研究所の良質な備品とは比べるべくもない。
「はい。終わったよ」
 基板を差し込み、再起動。平気そうなチヤカの様子を見て、アブソーバーと長い黒髪を付け直す。
「ごめんね、貧乏なオーナーで……」
「いいえ、ご主人様。私達は、私達に出来る限りの事をするだけですから……」
 だからシミュレートする。造園道具の両腕で正確に、出来る限りの事ができるように。
 壊れた体はマスターが直してくれる。
 不足した元気と抜け落ちた優しさは、妹達が補ってくれる。
 だからこそ、自分は自分の出来うる最大の事を……。
「それじゃ、お休み。チヤカ」
 チヤカの額に軽く唇を触れさせ、恵は部屋の明かりを消した。


続劇
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