鋼の腐臭が立ち籠める世界の中に、二人の男が立っていた。 「ねえ兜主任。僕、こいつら引き取っていいですか?」 そう言ったのは、背の高い方の男。軽くひっかけた白衣のIDプレートには『D』を基調にした大手ロボットメーカーのロゴと、『研究員・早乙女恵』という名前が書いてある。 「早乙女ぇ。この業界、AIに情を移すようじゃ生きて行けんぞ?」 無表情に答えたのは恵の隣、兜と呼ばれた背の低い男。着ているのは白衣ではなく作業服だが、恵に『主任』と呼ばれているあたり、本来は白衣を着る地位にあるのだろう。 「まあ、何というか……僕が初めて任せてもらった研究ですし」 兜の無表情とは対照的に青年は困ったように笑う。照れ隠しにポケットからタバコを取り出そうとして、火気厳禁の領域だった事を思い出す。 隣に仏頂面で突っ込まれるより先に、タバコを元へ。 「ケイ、お前がやってたのって、確か『エキスパートシステムを併用した並列指揮システム』だったか……」 この時代、ロボットをチームで運用する技術は確立されていた。高性能な指揮官を中心に、大勢の配下機が従う軍隊のような形式がそうだ。 だが恵の構想は少し違う。彼が目指していたのは指揮官機不在のシステム。正確には、少しずつ個性の違う機体が状況に応じて臨機応変に指揮を執る、いわば全機が指揮官であり兵士である、といった奇抜なシステムだ。 そんな彼の研究は基礎研究の段階を終え、来月から本格的な研究に移ることになっていた。成果を認めた本社からの予算も増え、それまで使っていたテスト機も、中古品から新品に代替わりすることになっている。 だからこそ、彼はこの巨大処理場に立っているのだ。 「……持って行くのは何とかしてやるが、個人で三体も維持出来るのか?」 そんなに給料もらってないだろ、とは言わないでおいて、主任もポケットから何かを取り出した。口にくわえたのはタバコではなく、ガム。さすがに年の功、仮初めの禁煙空間での過ごし方を心得ているらしい。 「まあそこは、色々と考えてますから……」 恵は静かに笑うと、スクラップの山から取り出した物体を三つ、大事そうに抱え上げる。 「それに、三人揃ってじゃないと意味がないんです」 バレーボール大の大きさを持つそれは、何と。切断された首から血の代わりに無数のコードを垂れ流した、少女達の生首だった。 第1話 無敵!? ゲッターちゃん発進 青い空を、赤い閃光がまっすぐに横切っていく。 閃光は天空の一点で正確に45度の角度を付け、一直線に下降。 そのまま壁に突き刺さった。 だが、どかーんという古典的な爆発音が遠慮無く響き渡ったにも関わらず、この街の十人達は微動だにしない。それどころか、井戸端会議していた好奇心満載の奥さん方ですら見向きもしなかった。 「痛ぅ……」 もやもやと上がった土埃が晴れた後…… 「もう、ちやちゃんもみくちゃんもひどいよぉ……」 壁に突き刺さっているのは何と少女の生首だった。正確には、生首とそこに巻かれた大きなマントと前掛けの三点セット。色は全て、炎のように鮮烈な赤。 愚痴る生首も不思議だが、その傍らに浮かんでいる物体も同じくらい不可解だった。 大人が一抱え出来るほどの飛行機……のようなもの。流線型の白い機体と、角張った黄色い機体の二機がふよふよと浮かんでいる。オモチャにしては大きく、だからといって人が乗れる程の大きさではない。 「ひどいのはイクルの方でしょうに。私達まで巻き込むつもりでしたの?」 そのうちの一つ、白い方が喋った。 700系のぞみのような先細りの機首にハチの巣状のモールドが浮かび上がり、パタパタと瞬時に別の物体へ組み変わっていく。刻々と姿を変えるワイヤーフレーム映像の如き変幻を見せた後、ハチの巣モールドがテクスチャに置き換わったその形は……少女の顔。 艶やかな黒髪と気の強そうな表情を持つ少女の顔が、奇怪な飛行機の先端にくっついているのだ。 「そう思うわよね、ミクマも」 「う……うん」 同意を求められ、ミクマと呼ばれた黄色い機体の機首も変形を始めた。こちらは弁当箱のような無骨なフォルムから気弱そうな少女の顔へ。淡い茶色の髪に、何故か安全ヘルメットをかぶっている。 「分かったからさ、とりあえず抜いてよぅ」 二機の顔つき飛行機に取り囲まれ、赤い生首のイクルはもう半泣きだ。別に彼女達(と呼ぶのにはいささか抵抗があるが)が怖いわけではない。 単に壁に突き刺さっているのが切ないだけだ。 「……はいはい。チェンジ!」 ちやちゃん……チヤカがそう叫び、イクルの首の切断面へと顔を押し付ける。付け根から伸びる太いコードをくわえ、そのまま少女と一体化。 「んく……っ!」 空中で合体する時にはないその衝撃に、壁の中で圧されたイクルは思わず声を上げた。押し込まれた壁の中、小さな口から漏れる、淡い吐息。 「ちぇ、チェンジ!」 続くはミクマだ。イクルに一体化したチヤカのテール部。二発のエンジンノズルが並ぶ間に、ヘルメットをかぶった頭をおずおずと突っ込んだ。 「ン……」 その先にうっすら開いたスリットに伸ばした舌をもぐり込ませた。絡まる唾液が舌とスリットの間を繋ぎ、一体化。ヘルメットに開いた緑のディスプレイと優しげな瞳の両方に、イクルとチヤカから流し込まれた合体情報が高速でスクロールしていく。 自分の心が溶け、他の二人と混じり合う。それでいて己の姿をハッキリと知覚するという、矛盾を孕んだ不思議な感覚。次々と流れ込むイクルやチヤカの情報を感じながら、ミクマは己の容を解放した。 「データリンク完了!」 イクルに繋がったチヤカの左右から鋼線が延び、それにハニカム状の構造が次々とまとわりついていく。ミクマも二人の想いを受け、己の体を変容させていく。 チヤカから生まれたのはしなやかな腕。 ミクマが姿を変えたのは伸びやかな足。 くてっと倒れていたイクルの双角がぴんと立ち上がり、全行程の完成を示す。 「チェンジ、ゲッター1!」 そこに現れたのは、赤い髪を持つ一人の女の子。 コードネームはゲッター1。個人名は赤い飛行機と同じ、イクル。 先程空を翔ていた赤い閃光の正体こそ、まさしく彼女であった。 「……で」 頭を壁にめり込ませたまま、完全な体を得たイクルはぽつりと呟く。 「このままじゃ抜けない気がするんだけど、どうしたらいいと思う?」 (莫迦ですか貴女はっ!) イクルの頭の中でチヤカの声が爆発した。ゲッター1の合体中に喋れるのは、管制を司るイクルだけだ。 (あの……) 「えーだって、ちやちゃんも超乗り気だったじゃんかー!」 大声で独り言を叫ぶイクルだが、周囲の通行人は見向きもしない。別に変な子だと思われているワケではなく、単に慣れているからだ。 (えと、あの……) 結局チヤカとミクマだけでイクルを引っこ抜けばいい、というもっともな意見をミクマが口にできるまで、もう三十分ほど掛かることになる。 LEDの灯った無数の箱と、どうやって運び入れたのか分からない大きな作業台。六畳の狭い部屋をさらに狭く見せる一室。 それが、早乙女恵の家だった。 六畳一間に台所付き。地方だから、家賃は思ったよりも安い。 住人は今の所……一人と、三分の一人前が三人。 「で、こんな時間になったわけか」 イクルからタバコの小箱を受け取り、白衣の恵はそう呟いた。 くしゃくしゃになったビニールの封をカッターで切ると、中には棒状の物体がきっかり二十本。試しに一本抜き出すと粉砕されたタバコの葉がぽろぽろとこぼれ落ち、あちこちが折れ曲がった紙の筒だけが残った。 「ごめんなさい。ますたー」 ゲッター1ことイクルは高速飛行能力を持つ。駅前までお使いに飛んでも、五分もあれば行って帰って来られるはず……なのだが。 お使いに出てから、既に二時間。恵でなくても心配になるはずだ。 「まあ、無事帰ってきたからいいけどさ」 真っ赤な頭をぽんぽんと撫で、恵は苦笑。 もともと彼女達のAIはゲッター専用に作られていたわけではない。基本的な性格以外はまだまだ成長段階なのだ。その辺りの学習は、ゆっくり気長にやるしかない。 「ね、ますたー」 イクルの頭に手を置いたまま。研究屋らしくそんな事を考え始めた恵の白衣の袖を、頭の上でくいくいと引っ張るイクル。 「ん? どした」 そんな恵に、イクルはもじもじしたままだ。頭の左右から伸びる姿勢制御のアンテナも、恥ずかしげにふにゃりと垂れている。 「あのね……」 俯いた顔に朱を散らしつつ、赤い少女は首前の前掛けをおずおずとめくり上げた。その下にある、白いシャツに包まれた薄い胸が露わになる。 「ちやちゃんとみくちゃんも……って」 「ああ。そうだね」 穏やかに笑い、恵はイクルの小さな胸に手を伸ばした。特殊金属で作られた胸は金属であるはずなのに柔らかみを持ち、まだふくらみすらないなだらかな丘は恵の大きな手をふわりと受け止める。 制御の主であるイクルにも感触が伝わったらしく、ん、と声が漏れた。 「チヤカもお疲れ様。イクルのお守り、大変だっただろ」 「は……ぃ……。ん……。ひどぉい……」 上擦ったイクルの声に、凛としたチヤカの声が混じる。恵に礼を言うため、一瞬だけイクルの制御を奪ったらしい。 ひとしきり胸元を撫でておいて、次は腰に。 「ミクマもお疲れ。どうせ今日も、最後にまとめたのはミクマなんだろうね」 イクルが穿いているのは黄色いショートパンツだ。その上から、ゆっくりと賢い末っ子の体を撫でてやる。 「やぁ……ますたぁ……いじわる、ですぅ……」 大人しいミクマはチヤカと違い、合体中にイクルの制御を奪うような事はしない。 代わりに、赤らんだイクルの膝ががくりと折れ……。 バラバラになった少女顔の飛行機が三体、恵の前に転がっているのだった。 |