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 それは、紅葉の何気ない一言から始まった。
「ねー」
「ンだよ」
 答えたのは夾。晩ご飯も風呂も済み、一同……透、夾、由希と、遊びに来ていた紅葉に
撥春……は特にやる事もなくゴロゴロしていた。ちなみに紫呉は(珍しく)仕事で居間に
はいない。
 だから、油断していた。
「ユキたちって、しないの?」
 小首を傾げて不思議がる紅葉に。
「だからぁ、何を、だよ」
 まわりくどい紅葉の言葉に速攻機嫌を悪くした様子で、夾は再びそう言った。両手を固
く握りしめているあたり、今度もう一回まわりくどいことを言ったらグーで殴るつもりだ。
「なにってぇ……」
 ちょっとだけ間をおいて。
 紅葉は元気よく続けた。
「えっちなことー☆」
「だぁぁぁっ!」
 グーを出すどころか、一同はこけた。……元気よくそう言った本人と、例によって
ぼぅっとしている撥春を除いて。
「な、何をいきなり……」
 一番回復の早かった由希が起きあがり、半ば困ったように問いかける。
 ぼんやりとその光景を眺めていた撥春は、昔なら眉の一つも動かさずに流してたのに、
最近はリアクションがよくなったな……とふと思った。
「えーだって、アーヤが言ってたもん。『ケンゼンな若い男女がヒトツヤネノシタ、何も
ない方がフケンゼン』なんだってー」
 ただ、その固有名詞が出た瞬間に凍りつく所は昔と変わらなかったけれど。
「バカかてめぇわーっ!」
 ぱかっ
「えーん、キョーがぶったぁ〜」
 ようやく回復したのは、夾。即座に突っ込む所が彼っぽい。突っ込むというかマジグー
だったが。
 紅葉がいかに可愛い系だろうと、野郎なんぞに容赦はない。
「……え、えと、あの、その、何と言いますか……紅葉さんっ」
 少し遅れて透。相変わらず混乱したままだったから、回復……というにはちと微妙だっ
たが。
 そして、
「ねぇ……」
 にこにこ笑っている紅葉と困り切っている透は放っておいて、撥春の関心はもちろん…
…
「……由希は、ないの?」
 由希だった。
「…………ない、よ」
「ンだぁ、その間は」
 一拍遅れた返答の間に、遠慮なく突っ込む夾。
「やってんじゃねえのかぁ? こう、夜な夜なよぉ」
 遠慮なくというか、紅葉の時より容赦なく、傷口に塩を塗ったくる勢いで言葉を紡ぐ。
 それが自爆への導火線となることも気付かずに。
 いい加減学習しろとも思うが、それをしないのがこの夾、という男なのである。
「……黙れ、クソね……」
「殺すぞ、クソ猫」
 どがしゃーん
 だから、いつも通り由希より先に撥春に殴られていた。
「由希はなぁ、俺とラブラブなんだよ!」
 しかもブラックの方に。
「いや、それも違う……」
「ねーねー、トールはどうなの?」
「はいっ!?」
 と、おもっきり蚊帳の外で流されていた所をいきなり振られ、思いっきり戸惑う透。
「トールは、キョーミない?」



いつか、きみのうでのなかに



 それから5分ほど後。
「けど……いいの? 本田さん」
 5人は透の部屋にいた。
 紫呉が買ってくれた無駄にでかいベッドは、軽めの少年少女が5人乗ったところでびく
ともしない。
「はい! 大丈夫ですっ! 皆さんにはいつもお世話になっていますし……」
「いや、そんな張り切られても困るんだけど……」
 パジャマ姿で元気よく答える透に、苦笑を返すしかない所の由希。彼女が「興味は…
…」と言ってしまったため、紅葉に「じゃ、キマリだねっ☆」なんて押し切られてしまっ
たのだ。結局、他のメンツも成り行きでこんな所にいる。
 まあ、由希も本当に興味がないかと言われれば、年頃の男の子だから……としか答えよ
うのない所だったけれど。
「っていうかよ、狭くね?」
 ベッドの端に腰掛けたままで夾がぼやく。無駄にでかい上に丈夫なベッドとはいえ、さ
すがに男女5人は想定していなかった。何をするにしても、まあせいぜい4人が限界と
いったところだろう。
 だが、そう言った夾に対する透の答えは彼の予想のまるっきり外のものだった。
「あ、夾君は大変申し訳ないのですが……。お母さんも言っていたのです。『人間、フタ
マタだけは絶対に許しちゃいけない』って」
「……はぁ?」
 首を傾げる夾。
「……そうだな」
 最初に同意したのは意外にも撥春。
「って誰がフタマタだ」
「えーだってー」
 続いて紅葉も同意。
「「「「神楽」」」」
 さん、もしくは呼び捨て、あるいはカタカナ発音などまちまちの二人称やイントネー
ションで、一人を除く4人は同時にそう答えた。
「誰がじゃーっ!」
 その時!
「きょーぅく〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
 だがしゃーん
 透の部屋のドアを勢いよく開いて現れたのは、
「神楽さんっ!」
 話題の神楽その人だった。
 辺りの状況をぐるりと見回し、状況把握。……把握完了。0.5秒で何となく間違って
いるがまあそうとも言える気がしないでもなく、位の情報をキャッチ、彼女流に整理認識
する。
「大丈夫よ夾君。わたし、未遂くらいまでなら気にしないから! そんな心の狭い女じゃ
ないっつーねーーーーん!」
 ぺぐしっ
「ウワキオトコハオンナノテキジャー!」
 殴るのはもちろんグー。神楽にそれ以外の選択肢など存在しないってな勢いで、豪快に
振り抜いた。
 今から行為に及ぼうとする部屋を半屋外にされてはたまらんと撥春が開けた窓の向こう
へ、一条の弾丸となって消えていく夾。
「ラブじゃー! 透くん! 夾君の部屋はどこっ!」
「あ、はいっ、え、えっと……」
「キョーはねー、お外で寝てるのー」
 答えあぐねる透が答えるより早く、紅葉が元気よくフォロー。
「オッケー! 野外プレイじゃうっしゃぁっ! きゃっ、今日の私って、ダ・イ・タ・ン
☆」
 ずばーん
 再び閉じられた窓を勢いよく開き、神楽は楽しげに秋口の空へ咆吼。
「じゃ、お邪魔しましたっ! 行くわよ夾君、二人だけの愛の世界へ! レッ
ディィィィィィィ・ゴォォォォォォォォォ!」
 そして、嵐のように現れた少女は再び嵐のようにその場を去っていった。
 ただ一人、夾だけを道連れにして。


 嵐の後は天気がいいという。
 何となくどっちらけになってしまった雰囲気の中、最初に動いたのは撥春だった。
「……さ、続きしよか」
「撥春……」
 お前本当にマイペースな、と呟き、呆れ顔の由希。彼は既に毒気を抜かれた顔をしてい
る。
「……しないの?」
 そう言いながら、ベッドの真ん中にぺたんと座っている透のパジャマに手を伸ばし、手
際よくボタンを外していく撥春。
「ひあっ! えと、は、撥春さんっ!」
 予想も付かない行動に透は慌てるだけ。マイペースな撥春に抵抗する間も隙もなく、
あっさりとパジャマの上を脱がされてしまう。
 もちろんその下には、下着一枚まとっていなかった。寝間着だから当然だ。
「やる気、なんだろ?」
 裸の胸をシーツで隠して顔を真っ赤にしている透の頭をぐいと寄せ、唇を近付けようと
する。まだ何割かブラックが残っているらしい。
「ダメだよ、ハルぅ」
 だが、それを止めたのは意外にも紅葉だった。
「……そうなの?」
「最初は、ユキのばん」
「え? 俺?」
 さらに意外な展開に、いきなり振られた由希も目を丸くする。
「トールも最初はユキがいいよね〜」
「は、はぁ……え、いえその、別に撥春さんや紅葉くんがイヤというわけではなく……」
「分かってるよ。ほら、ユキぃ」
 にっこりと無邪気な笑みで、紅葉は由希を促す。透がここにいる全員を好きなのは、今
更言われるまでもないことだったから。
「あ。でも、由希君は撥春さんと……」
「別にいい。俺、ちっちゃい頃から由希とは何度もしてるから……」
「何度も! ですか!」
「そう」
 まあ、実際はちゅー程度なのだが……別に変な誤解をされていても困らないし、第一説
明がめんどくさいので放っておくことにする。
「ハル!」
 何やら微妙な誤解をしているっぽい透に淡々と答える撥春にもぅ、と小さく呟くと、由
希は透の細い顎に指を伸ばし、そっと引き寄せた。
「いいの? 本田さん……」
「は、はい……お願いしま……ン……」
 そのままキス。
「ん……く……」
 初めは唇を触れ合わせるだけの軽いキスから。そのまま、透の唇の味を確かめるような
動きにゆっくりとシフトしていく。
「くは……ぁ……んむ……」
 そして、一瞬だけ唇を離し、透が息を吐いた瞬間に再び唇を重ね合わせる。
 今度は開かれた口から歯を割って。
 舌を挿入。
 少女の清冽な口内を味わうように少年の舌が動き、娘の処女地を穏やかに蹂躙していく。
 くちゅ……ちゅ…………くちゅり……
 だが、唾液のこね回されるいやらしい水音すら立てて響いているというのに、少年の行
為には嫌らしさの欠片も見あたらなかった。美しい芸術品を求める気高き貴族のように、
気品すら感じさせるその動き。
「あふ……」
 くちゅり
 離された唇。糸を引く唾液すらも美しく。
「由希……くぅん……」
 脱力したかのようにとさ、とベッドに仰向けに倒れ込んだ透は、のぼせたような声で呆
然と呟くのみだ。既に頬は紅く上気し、瞳にも涙が浮かんでいる。
「本田さん……」
 潤んだ瞳でこちらを見上げる少女に覆い被さるように体を重ね、由希は優しく囁いた。
二人の混ざり合った唾液が流れてゆく白い喉に唇を寄せると、愛でるようにそこに舌を這
わせていく。
「あ……はぁ……ぁぅ……ゆ……き……くぅん」
 もともと器用ではない由希の愛撫はそれほど上手いものではない。しかし、優しさのこ
もったそれは、自慰の体験すらほとんどない透にとっては十分過ぎるもの。
 あくまで無防備な喉から湯上がりの芳香を漂わせる首筋、艶っぽい鎖骨を通り、由希の
白銀の川は裸の胸へと。まだ堅き蕾のままの小さな胸へ至り……。
 その時だった。
「あ、ゴメン。僕を……抱かないで」
 すがるように伸ばされた透の手から慌てて身を引き、由希は済まなさそうに呟く。
 体を重ねていても由希は十二支の一人。異性に抱かれれば途端にその姿は鼠と化してし
まう。透に体を重ねていたときも両手を彼女の顔の両側につき、触れ合わないようにして
いたのだ。
「あふ……申し訳、ありません……でも……」
 つい、伸ばしてしまう。目の前の相手を確かめるための両の腕を。由希の愛撫に身体を
とろかされればされるほど、無意識に求める想いは強くなっていく。
 それが叶わぬ事とは知りながら。
「だいじょうぶだよ、トール」
 惚けかけた表情のまま謝る透にそう言って笑いかけたのは、二人の傍らにいた紅葉だっ
た。
「え……?」
「ほら。これでだいじょーぶ」
 透の返答を待つ間もなく紅葉は彼女の右手を取ると、ベッドの上にちょこんと正座して
いた自分の股の間に押し込んでしまった。
「え!? え!?」
「ほら、ハルも」
 紅葉に従う形で撥春も同じように透の左手を股の間へ押し込む。
 確かにこれなら由希に手を伸ばすことは出来ない。だが、いま自分の両のてのひらに当
たっている何やら堅くて熱い物体は……
「トールぅ。あんまり強く握ると、痛いよぉ」
 痛がるどころかくすくすと笑い、紅葉は透の耳元でぽそぽそと囁く。
「ユキが一番イイコトするんだから、ボク達もオショーバンね☆」
「ひあっ!」
 両腕を二人に押さえられ、股の間には由希がいる。3人の男の前で無防備にされた透の
裸身に、今度は紅葉の舌が滑り始めた。
「ン……」
 あくまでも優しくソフトだった由希の愛撫とは全く違う。
「また動いた。トールはここが気持ちいいんだね?」
 純粋に彼女の肌を弄ぶことを楽しんでいるらしく、透の反応をよく見た動き。
「あ、こことっても柔らかいや。ね、気持ちいい?」
 手と舌、そして言葉をフルに使い、彼女が感じたところは集中的に責めてくる。思い切
りよく、そして無邪気に。
「あ、気持ちいい……です」
 根が正直な透だから、つい男の子の無邪気な言葉の責めに答えてしまう。その後で自分
の言った言葉の意味に気付き、また頬を赤らめる。
 感じてしまう。
 由希のたどり着いた乳房を越え、ほんのりとピンク色の乳首を愉しみ、贅肉の付いてい
ないすらりとした白い腹を過ぎて、透の純白のパンティーに覆われた処にたどり着いた紅
葉の舌に。
「はぁ……ぁ……も……みじ……さぁん」
 快楽に手を伸ばそうにも、両腕は紅葉と撥春に押さえつけられていて動かすことも出来
ない。手の先にあるのは少年達のたぎる熱いものだけだ。
 求めるようにそれを握り、指を舞わせた。先端から溢れ、絡みついてくる液体に指を濡
らしながら、紅葉の言葉のままにしごきたてる。
「ね、ハルとユキもだよぉ。トール、もぉ、ほら、待ってるよぉ……」
 ふと。
「……あ……あの、ぅ……撥春さ……ん」
 右手が紅葉、左手が撥春。その事をぼやけた頭で考えながら、透は小さな声で聞いてみ
た。両手から伝わってくる大きさが想像したのと逆だったのだ。
「大丈夫。由希が喘いでるの聞いたら、ちゃんと勃つから」
「は、はぁ……では、由希くん。改め…て……どう……ぞ……です」
 両の手に屹立したペニスを掴み、由希と紅葉の唾液に開かれた全身を濡らしながら、透
は由希の名を呼んだ。
 いつもの本田透のままで。
「そう言われるとやりにくいんだけどな……」
 そんな彼女に僅かに安心し、苦笑しつつ、由希は透の股間に手を伸ばした。しっとりと
濡れそぼった下着をずらすと、そこから現れたのは……
「スエゼンクワヌハオトコノハジ、だよ。ユキ☆」
「はぁ……由希……くぅん……」
 くちゅり、と紅葉がくつろげた透の大事な場所。紅葉の舌すらまだ立ち入っていない、
透の初めての場所。
「やはり私などは……ぁふ……お嫌、ですか?」
「本田……さん」
 愛しさにたまらなくなって。由希は、紅葉の愛撫に濡れそぼった透に己のたぎりを押し
つけた。先程の紅葉の舌で感じやすくなっている場所を強くこすりたて、同時に奪った唇
はあふれ出た彼女の唾液を音を立てて嚥下する。
「はぁぁぅ……ん……ゆき……ぅ……きぃ……くぅん……ひぅっ!」
 離れた唇からこぼれたのは小さな悲鳴。自分の大事なところの入り口に由希の強い存在
を感じ、ついもらしてしまう。
「本田さん……。痛かったら、言ってね……いい?」
 透の入り口にある自分の指は既に彼女の愛液でべたべただ。これだけ濡れていれば大丈
夫だとは思うが……何しろ勝手が分からない。
「は……ぃ……大丈夫、です」
「じゃ、行くよ……」
 ちゅ……ぎゅぷっ……
 ゆっくりとぬめりをかき分け、押し入っていく。締め付けるというより純粋に拓かれて
いないそこを進んでいくと、強い抵抗が待ち受けていた。
 ぴ、っという一瞬の貫通感と共に、抜ける。
「ぁぅっ!」
 その声と共に透が啼き、同時に圧された両腕のたぎりが吼えた。濁った液体を透の両腕
に散らし、透の破瓜の赤いいろを頬の辺りまで白く彩っていく。
 だが、透にはそんな事を感じる余裕などない。由希にもない。
 一度果てた二人を余所に、由希は透の胎内に入り、再び入り口まで引き返す。最初は少
女の痛みを押さえるためにゆるやかだった少年の動きも徐々に速度を増し、きつく締め付
ける娘の中に己の想いを届けようと必死に抽挿を繰り返す。
 そして。
「トールぅ!」
 紅葉の放った何度目かの白き洗礼と共に。
「本田さんっ!」
 想いをぶつける声と、
「由希ぃ……くんっ! ふぁっ! あは……あ……ぅっ!」
 それを受け止める叫びと。
 透の胎内は、由希の暖かな想いで満たされていた……。




 全てが終わった後、ぽつりと呟いたのは撥春だった。
「あー。そういえば、さ」
「ん?」
 ぐったりとしている由希が、それでも応じる。
「避妊ってしなくて大丈夫だったの?」
 一同が凍った。
「ヒニンって?」
 言った本人と、何やらよく分かってないらしい紅葉を除いて。
「……」
 張本人である由希は凍ったまま。
 当事者、白い液に汚れたままの透の言葉は、
「大丈夫です! 今日は安心の日でしたから」
「いや本田さん、そういう問題じゃなくって……」
 ようやく凍結の解けた雪が言ったのは、困ったようないつものツッコミの言葉だった。


 階下。
「今日はにぎやかだったねぇ。結構結構」
 仕事の合間のお茶をすすりながら、紫呉はいつものへらっとした笑顔で隣の男にそう呟
いた。
 一戸建てとはいえ、そうそう家の壁が厚いわけではない。特にこの家はちょくちょく壊
されるため、修理代をケチって出来るだけ早く安く仕上がる薄い壁にしてある。
 要するに、筒抜けだったりする。
「……てっきり、お前は何度か襲ったと思っていたが……」
 表情をあまり表に出さない顔でそう言ったのははとりだった。紅葉と撥春の迎えに来た
のだが、そういうわけで足止めを喰っているのである。
 たぶん、今日は泊まりだろう。
「透くんは激烈に可愛いからねぇ。でも心外だなぁ、とりさん」
 ぼそっと言われたツッコミに、紫呉も苦笑。
「僕が体を許すのは、とりさんとあーやだけだよ」
「……」
 さすがにそこまで堕ちているわけでは……
「とりさんリアクションが寂しいよぅ」
 ……
「ごめんなさい。……2回未遂って懲りました」
 あったようだが。
「……犯罪はほどほどにしとけよ」
 まあ、抱きつけば防げる類の災厄だからな……と思いつつ、はとりもコーヒーを静かに
すする。
「少なくとも、彼女を傷つけるような事はな……」
「ええ。分かってますよ」
 流石の紫呉にも、犬モードで透にちょっかいを出そうという気はないらしかった。


 さらにしばらくの後。
「結局さ、本田さん……」
 風呂にも入ってさっぱりした由希は、腕枕している透にそう囁いた。
 色々汚れてしまった透の部屋ではなく、居間での雑魚寝である。もちろんその辺には紅
葉やら撥春やらが転がって眠っていた。
「何ですか?」
 小首を傾げる、透。
「よかったのかな、と思って」
 行為の後に言う台詞ではないというのは分かっている。けれど、それでも聞きたかった。
 成り行きのような今回のことを、彼女は怒ってはいないだろうか、と。
「お母さんは『愛のないのはダメだ』って言ってました。でもわたし、ちゃんと感じまし
たよ」
「?」
「由希くんとか、紅葉くんとか、撥春さんの……その……」
 由希の腕の中、くすり、と笑う透。
「……そっか。そうだよね」
 腕枕。少女を抱くわけでもなく、離すでもなくな、限界の距離。
「俺も感じた……と、思う」
 だが、あえて由希は彼女を抱き寄せた。
 互いの距離を縮めるために。
 ぼん、と煙が立ち、由希は小さな鼠へと変わる。
「ううん。ちゃんと感じたよ。本田さんの、きもち」
 いつか、鼠ではなく。
 人の手で彼女を抱き寄せられるようになった時。
 来ないかもしれないけれど。でも、今日のことはきっとその日に至るまでの絆の一つに
なる。
 こんな形だけではない、絆をもっと増やしたい。由希は純粋にそう、思った。


 一方。
「ラブじゃーっ!」
 抱こうがどうしようが変化も何もない二人は、朝までお互いの想いを確かめ合ったとい
う。
 ……っていうか、合掌。

< 単発小説 >


     
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